2011年8月5日金曜日

人は物事をどのように認識しているのか?

人は、何に着目し、そしてそれをどのように認識しているか?
まずは何の変哲もない1枚の写真


道路に設置された石で出来た椅子のようなですが、ある意味、禅問答的な認識論のトレーニングとしては最適のように思えてきます。

まず、説明の前提として、もはやちょっとした都市伝説になった感もある、ハーバードのジョージ・ミラーの論文について書いておきましょう。

この論文を一言で要約しておくと、人はある瞬間に一つのゲシュタルトを構築することになりますが、このゲシュタルトの中に、一度に(意識上に)認識できる要素の数は 7±2 だと示されています。(もちろん最近の認知科学の研究はワーキング・メモリーについての研究なども含め微妙に違ってきているようですが・・・)

http://en.wikipedia.org/wiki/The_Magical_Number_Seven,_Plus_or_Minus_Two

余談ですが、これからすると、例えばプレゼンテーションを行う場合など一つのスライドに記載されている要素を7±2 の塊(チャンク)に押さえておかないと相手に理解してもらえないといという規則が見えてくることになります。

さて、上の写真に戻って、少し考えてみましょう。

次に、動的世界のスナップショットとして、この写真が示す事実として、観察者である自分が、どこに注意(attention)を向けているのか?を考えると結構興味深いことが分かります。

例えば、注意を向けている要素を意識して観察(観測)してもらって、敢えて言葉で形式知にして表現(記述)してもらうとすると以下のような答えが返ってくるでしょう。

  • それぞれの要素の属性(色、材質、質感、他)
  • それぞれの要素の機能(座る、自転車を減速させる、モノをのせる、他)
  • それぞれの要素の関係性(構造、グルーピング、他)
もっとも、ITの世界であれば、自分の外の世界に存在する(だろう)これらの要素とその関係性をコーティングしたプログラムをどうやってフォン・ノイマン型のコンピュータ上で動かせばよいのか?を考えれば良いわけですが・・・

コーチングや心理療法の世界であれば、感情、思考、信念などが物事の見方や行動に制限を加えていることがあるため、外の世界の要素に加えて、自分の身体の中に存在する、知覚、感覚、情動、感情などを外的世界に関連付けて循環的に考える必要があるということが分かってきます。 

もちろん、このあたりのことは仏教や構成主義の哲学で言われていることなのですが、こういった循環的な認識論が求められている背景、具体的な方法論などについてはおいおい書いていくことにしようと考えています。


おまけ


   スタンフォードから提供されている哲学事典に認識論(Epistemology)の項目があるのでリンクしておきます。(ちなみに翻訳は適当)

http://plato.stanford.edu/entries/epistemology/
Defined narrowly, epistemology is the study of knowledge and justified belief. As the study of knowledge, epistemology is concerned with the following questions: What are the necessary and sufficient conditions of knowledge?What are its sources? What is its structure, and what are its limits? As the study of justified belief, epistemology aims to answer questions such as: How we are to understand the concept of justification? What makes justified beliefs justified? Is justification internal or external to one's own mind? Understood more broadly, epistemology is about issues having to do with the creation and dissemination of knowledge in particular areas of inquiry.

 狭義の意味で、エピステモロジーは、知識と正当化された信念の研究である。知識の研究について、エピステモロジーは、以下のような質問を伴う。知識の必要条件と十分条件とは何か? 知識の情報源は何か? 知識の構造と制限とは何か? 正当化された信念についてエピステモロジーは以下のような質問に答えることを目的とする。正当化のコンセプトをどのように理解しているのか? 信念をどのように正当化しているのか? 正当化は、ある人の心の内側もしくは外側にあるのか?  エピステモロジーを広義に理解するには、エピステモロジーは、特定の分野の照会における情報の生成と伝達に関する問題を扱うことである。 

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