2011年8月9日火曜日

ベイトソンとミードの観察したトランス


ベイトソンとミードの観察したトランス

 トランスというのは、ある意味変性意識状態(Altered State of Conscientiousness)なのですが、このトランスというのは実は文化に非常に密着しているところがあります。


http://en.wikipedia.org/wiki/Altered_state_of_consciousness

 1930年代に若かりし頃の人類学者であるグレゴリー・ベイトソンがマーガレット・ミードとバリで行ったフィールド・ワークの映像なのですが、当時の現地の人が様々な祭祀でトランスを使っていて非常に面白いのではないかと思います。



 1930年代のはじめに出版されたグレゴリー・ベイトソンの処女作「Naven」(日本語未訳)を読むと、ニューギニアで生活する現地人の家族の中で、甥が何かを達成した時に、その叔母や叔父が男女の役割を入れ替えて祝福を行う、祭祀を「Naven」と呼んでいるわけです。 中央集権的なしくみを持たない彼らの集落がどう形成され、そしてどのように分化、崩壊をするのかについて観察された非常に深い洞察にあふれる著作です。 

 バリでも同様なフィールド・ワークを行っていると思われるのですが、ここで観察された特徴的な事象がトランスというわけです、確かエリクソン財団の理事長であるジェフリー・ザイクが編纂を行った「ミルトン・H・エリクソン書簡集」の中に、ベイトソンがバリの祭祀の中に観察したトランスという一種の意識の状態がどういったものであるのかをエリクソンと文通しながら相談するという下りが収められていたと思います。

トランスの効能

 ベイトソン、ミードとは直接関係ありませんが、フィリピンのイスラム教を信奉するモロ族の場合、戦いの前に深いトランス状態に入ることで、米軍から拳銃の玉を最大6発程度くらっても痛みを感じることなく戦い続けることができたというような逸話を見ることがあります。

 もっとも、ベイトソンやミードの観察したことはこういったトランスの即効的な効果というよりも、その集落やグループを維持する上でトランスがどのような役割を果たしているのか? のような、どちらかというと現在の家族療法の元になる観察を行っていたと考えられるわけですが、

 日本でもこういう視点から「御柱祭り」や「だんじり祭」のような多くの地域のも存在する一歩間違うと死人が出るような祭りを観察するとおそらく参加者は何らかのトランス状態になっているのでしょうし、これが地域コミュニティの繋がりを維持する役割を果たしているとするとこれはこれで興味深いなと思う今日この頃だったというわけです。

 余談ですが、第二次大戦中に、ベイトソン、ミード、これにルース・ベネディクトを加えた米政府から委託された現在でも機密扱いになっている日本人と日本文化の研究があるはずなのですが、これはちょっと読んでみたいですねぇ。

 ここで研究されたことを戦後、アメリカは対日戦略として実行して菅直人のような全共闘世代と、国策的無能とも言えるゆとり世代がつくられたというとってもシャレになっていない状況も予想されるわけですが。(苦笑)

もっとも個人的には、Wikileaksあたりから漏れてこないものかなワクワクして探しているところというわけです。 もっとも、このほんの一旦はルース・ベネディクトの著作「菊と刀」から読み取ることが出来るわけですが、「菊と刀」を読むとなんかむかついてくるのですよねぇ。(笑)

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