2011年8月20日土曜日

メンタルモデルと思考・行動パターン

 世の中の動きが早くなり、そしてビジネスの場面でも、日常生活の場面でも過去上手く行った思考・行動パターンが突然機能しなくなる、しかも、このパターンの陳腐化のサイクルが極端に短くなっている・・・ということが増えているように思ってきます。


 もちろんこの対処方法としては、状況に合わせた、もしくは先取りした思考・行動パターンを身につける必要があるわけですが、過去の成功体験が強力であればあるほど、それが邪魔をして新しい思考・行動パターンを身につけるのは困難であるように思ってきます。


 そこで、今日は、この思考や行動のパターンというものをメンタルモデルに紐付けて、この思考・行動パターンから抜け出すにはどうしたらよいか?について少し考察してみようと考えています。

将来は現在のメンタルモデルから観ている

 メンタルモデルがどうつくられるのかについては、一つ前の記事に書いたわけですが、今日はこのメンタルモデルの働きについてみてみましょう。

 ここでは構成主義(Constructivism)の以下の2つを前提として考えることにします。[1]

1現在主義
          
 記憶は過去から現在へと連続に存在するのではなく現在の観点から再構成される。

2共同想起
      
 記憶は個人の内面で想起されるよりも、集団あるいは他者との間で構成される。この場合 1)集合的記憶論 もしくは2)個人的記憶の社会フレーム論がある。

 メンタルモデルは、過去のいくつかの経験から「抽象のはしご」を登るような形式で推論が行われ、その経験から得た信念、価値観などを要素に含むと考えられます。


 そして、現在(今ココで)認識主体のメンタルモデルが呼び出され、コンテクストと相互作用しながら演繹的に信念、価値観などが生成され意味となり、これが意識下で思考・行動に影響を及ぼしていると考えられます。(図1)



1

 さらに、このメンタルモデルから未来の結果を予想する場合を考えてみましょう。

 ここで、論理情動行動療法で指摘されている10の認知の歪[2]のうち、間違った予言(the fortune teller error)、つまり本当は正確に知ることなど出来ない未来の出来事を「自分は予言することができる」と錯誤してしまうこと、に陥らないように、「未来は予言することは出来ない」という認知バイアスの無い[3]科学的に正しい前提を採用することにします。

 未来を予想する場合、メンタルモデルは、何らかのフィルターとして働くと考えられます。 つまり、将来のどの範囲を観察するのかという範囲(Scope)、出来事をどのようにカテゴリー化して意味付けるか、などがメンタルモデルを通して決定されると考えられます。

 将来のことを予想する場合にも、意識する、しないの違いはあるにせよ、このメンタル・モデルを演繹的に将来のコンテクストに当てはめ、そこで起こる結果を予想するということが一つの典型的なパターンとなると考えられます。

  例えば、「昨日と同じことが今日も起こる」「今日と同じことが明日も起こる」という記述をメンタルモデルの要素の中に持っていた場合、未来について、現在や過去と同じようなコンテクストを想像し、そして、将来、経験することになると思われる未来のコンテクストに現在のメンタルモデルを当てはめ、「今日と同じことが未来にも起こっている」という信念、価値観を使って未来の具体的に行動している場面を想像していることになるでしょう。

 日常生活やビジネスにおいて、このような場合でも、想像している未来と実際に起こった未来における環境の変化がほどんど無い場合は、特段問題は起きないのでしょうが、小さな変化が積み重なり、ある日突然、大きな環境変化が起こるような場合は、何らかのブレイクスルーやイノベーションを伴ったやり方で対応する必要があるでしょうから、「昨日と同じことが明日も起こる」といったメンタルモデルは有効に機能しないように思います。

過去の延長で対応できない課題に対応するには?

 次に何らかのブレイクスルーが必要な場合についてのやり方に考えてみましょう。この例として1マイル走があります。 ここでは、1マイル走る選手のメンタルモデルに焦点を当てて考えてみることにします。

 Wikipedia の「ロジャー・バニスター」の項目を参照すると以下のような記述があります。[4]

1923年にフィンランドのパーヴォ・ヌルミが1マイル4分10秒3の記録を樹立。それまで37年間も破られずにいた記録を2秒も更新する驚異的な世界記録だった。もうこれ以上の記録は出せないだろうと専門家は断言し、1マイル4分を切ることは人間には不可能というのが世界の常識とされていた。世界中のトップランナーたちも「1マイル4分」を「brick wall(れんがの壁)」として「超えられないもの」と考え、エベレスト登頂や南極点到達よりも難しいとさえ言われていた。

しかし、オックスフォード大学医学部の学生であったバニスターは、トレーニングに科学的手法を持ち込み、自分のコンディションを科学的に分析した。そして、2人のチームメイトをペースメーカーにして4分の壁を破った。

46日後の1954年6月21日、フィンランドのトゥルクで、ライバルだったオーストラリアのジョン・ランディが3分58秒で走り、バニスターの記録は破られた。その後不思議な事に、1年後までにランディを含め23人もの選手が「1マイル4分」の壁を破った。最初から絶対無理だと決めてかかっていたことが原因で、実際に記録を破る力があっても力を出し切れないまま失敗していたのである。この事例は、メンタルトレーニングの分野でよく取り上げられる。


  ここでは、過去の経験から帰納的な推論が行われ、「人類が1マイルを4分以内で走るのは不可能だ」というメンタルモデルの中の記述が当時の世論、陸上界、選手を支配する考え方だったと思われます。

  当時の1マイル走の選手がこういったメンタルモデルを通して近い将来のことを考えたとしたら、まず、「なぜ人類は1マイルを4分以内で走れないのか?」というような走れない理由ばかりに焦点を当てて、それを探すことになっていたでしょう。 

  また、ここに焦点が当たり「どうせ何年練習したって1マイルを4分以内で走るのは不可能だ」というメンタルモデルの要素が強化されると「1マイルを4分以内で走る」ということを目標にしてモチベーションを維持することも不可能となっていたと思われます。

バニスターのメンタルモデルの要素を推測する

  さて、実際に1マイルを初めて4分以内で走ったロジャー・バニスターが具体的にどのようなメンタルモデルを持っていたのかは推測するしかありませんが、次の2つに着目する必要があるでしょう。

 一つは、実際に練習につぐ練習という身体的な経験から得られる知覚に注意を向けることで帰納的、あるいは直感的に「1マイルを4分以内で走れる」確信を積み上げていったこと。 少なくとも、世論、陸上界、選手を支配していた「人類が1マイルを4分以内で走るのは不可能だ」という考え方には与しなかったということになるでしょう。

 そして、メンタルモデルの中に含まれる「人類が1マイルを4分以内で可能」また、「自分については、今は1マイルを4分以内で走るのは無理でも、何年以内には可能・・・」という記述を信念として演繹的に適用して身体の中で意味をつくり、そしてモチベーションを高めて更に練習に精進したことのように思えてきます。

 つまりは、目標に則したメンタルモデルを構築、維持、強化するといったメンタルトレーニングを行いながら、同時に、そのメンタルモデルを身体化して意味を強化し、モチベーションを高めて身体トレーニングも強化していったことがここでの要点のように思えてきます。


面白い副作用は?

 また、このエピソードの面白い副作用は、ロジャー・バニスターが1マイル4分を切るや否や、他の選手の制限的なメンタルモデルの要素が解除され、この1年以内に23人の選手がたてつづけに4分の壁を破ってしまったということでしょう。

 結局、この選手たちは、本来1マイルを4分以内で走れる潜在的な能力は持っていたわけでしょうから、この能力が発揮されるのを止めていたのはメンタルモデルの中にある「人類が1マイルを4分以内で走るのは不可能だ」という記述をどれだけ信じているのかという信念だけだったという結論になるのでしょう。

 何れにしても、私たちは過去の経験からつくられたメンタルモデルを通して現在、また将来を観てしまって、過去に出来なかったから将来も無理に違いないと考えてしまう傾向があるわけですが、これが現在、あるいは将来の思考、行動に制限をかけていないかどうかを見直してみる必要があるように思ってきます。

まとめ

 
·           メンタルモデルは過去の経験からつくられた信念、価値観が統合されたモデル。
·           過去の延長で未来を考える人が居る、この場合未来に大きく環境が変っていると過去の延長では上手くいかないことが多い。あるいは、過去、現在の延長にある月並みな結果しか得られない。
·           制限的なメンタルモデルは現在、未来の思考、行動を制限してしまう場合がある。
·           メンタルモデルを拡張することで、未来の思考、行動の制限から、この可能性に目を向けることが出来るようになる。
·           メンタルモデルを拡張することで行動の結果が大きく変わることがある。

文献

[1] 松浦雄輔 (2005) 「記憶の不確定性―社会学的探究」, 東信堂
[4]  http://ja.wikipedia.org/wiki/ロジャー・バニスター



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