2011年8月17日水曜日

twitter でメタ認知力を鍛える


 
How do you feel about your feeling ?



気持ちについての気持ちを意識してみる


-家族療法家のヴァージニア・サティアの代表的な質問 -  




メタ認知とは何か?

 英語版のWikipeida のほうが日本語版の Wikipeida より詳細に書かれていますが、メタ認知を簡単に説明すると

http://ja.wikipedia.org/wiki/メタ認知 
http://en.wikipedia.org/wiki/Metacognition
現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、自分自身の認知や行動を把握することができる能力を言う。 自分の認知行動を正しく知る上で必要な心理的的能力。
 と定義されています。


 メタ認知能力を一般意味論的に言えば、表象された地図を自己参照することによって発生する自己再帰的な意識使って意識のレベルを上げてメタ認知を促し、自分の言動をモニタリングすることに他なりません。


例えば、「我を忘れて何かに怒っている」時の心身状態と、心の中の冷静な自分が「どうしてこのような怒りの感情が沸いてきているのだろう」とメタ認知している時の心身状態は明らかに違っているという具合です。


 余談ですが、人間の面白いのは、上の例のように、メタ認識をしていない時とメタ認知している時とで心身状態や気持が大きく変化するため、外的な出来事に対する反応を(結ばれあう関係性の抽象度を変えることで)違ったものするため、家族療法などの短期・システム・戦略療法ではこれを利用していることも頭に入れておく必要があるでしょう。


 それで、学習主体が、抽象度を上げながら自分の認知バイアスに気づいて認知や行動を修正しながら行う学習するということにおいて、このメタ認知能力というのは非常に重要な概念だということが分かってきます。


逆の言い方をするとメタ認知能力が低いと環境やコンテクストの変化に合わせて自分の認識や言動を調整する、といった学習が出来ないということになって、リアルな世界だと「空気が読めないことが要因となって様々な問題が発生」、バーチャルな世界だと、twitter に面白半分にクライアントの悪口を書くとか、飲酒運転のような法律に違反したことを告白したりして「即、炎上」ということになってくるでしょう。 


 もちろん意図的に「炎上」を起こし「炎上マーケティング」を行う場合にも、読者の認知バイアスを刺激する認知科学的な知識は必須なのだと思います。(笑)

twitter でメタ認知を向上させるには?

さて、最近はだいたい画期的なアイディアだと思っても、Google 先生に聞くと大体世界のどこかで自分と同じような考え方が発表されていたりするわけですが、「教育にtwitterを使うことは出来ないか?」と題された以下のエッセーを読むと、いくつか面白いアイディアが書かれています。


http://adlunap.ro/eLSE_publications/papers/2008/015.-697.1.Grosseck%
20Gabriela-Can%20we%20use.pdf

 


 
A viable platform for metacognition (the practice of thinking about and reflecting on your learning) has been shown to benefit comprehension and retention.


  
個人的にも twitter をメタ認知能力を向上するためのプラットフォームとして活用できないのか?



 と考えることもあるわけですが、twitter の良いところは、以下のような使い方をすると
  • 自分の日常生活における自分の気持、思考、行動をつぶやきとして書いてみる。
  • このつぶやきに対して、気持についての気持、思考についての思考、行動の背景にある意図・・・に注意を向ける。
  • 結果、意図しなくても意識のレベルが一段・・二段・・・と高いところにあがる
  • この意識からすると、無意識にメタ認知を行うことの出来る状態になっている
  • この、意識から、自分の持っている思考パターン意図というような普段意識にあがっていないことに気づく
というような手順でメタ認知能力を鍛えるツールになることのように思ってきます。例えば、何も考えず気持や勢いに任せて、クライアントの悪口を書きたくなったとした時のことを考えてみましょう。


 もちろん、ここで認識の主体は、クライアントの悪口を書きたいという何らかの気持があるわけでしょうが、ここで一呼吸置いて、その気持に自己再帰的に意識を向け、その気持に言葉のラベルを貼り、ゲシュタルト療法的に「もし、その気持が私に何かを伝えようとするとしているとそれは何なのだろうか?」と尋ねてみるというわけです。


 このような手順を繰り返して、メタ認知が上手くいった場合は、気持の深層にある、良い意味での意図に気づいてくる、そして実際の言動において、コンテクストを考慮し、その意図にそったより最適な選択肢を選べるようになってきます。 


 それで余談ですが、 twitter をソーシャル・ネットワークという視点から見ると、根拠の無い大声を上げたにも魔女狩り的な負の側面があることは理解しているわけですが、これは、現在二クラス・ルーマンの社会システム論と併せて研究中なので、また別の機会に譲ることにしましょう。


 それにしても、こういったメタ認知の理屈が分かってくると、言葉とメタ認知を有効活用したtwitter コーチングとか twitter セラピーとか簡単に出来てしまうわけです。 


 逆に凝りに凝った割りには仮想現実のリアリティがありすぎて不発のままに終わった Second Life との決定的な違いは何なのか? 実は凝りに凝ったビジュアルを使わなくても、人は言葉から想像力を働かせて十分にリアリティを感じることが出来るのだろうなとと、ここに人の認知に関する重要な鍵が含まれているようにも思ってくるわけです。

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