2011年9月3日土曜日

時間に対する知覚と認識

 今日は時間に対する知覚と認識について書いておきましょう。

わたしたちが認識している時間とは何か?

 時間とは何か? 時間は実際に存在するのか?といった哲学的な問いを立ててしまうと、カントの言ったア・プリオリな時間の概念まで遡って考える必要があるように思います。[1]

また、最近の量子力学の研究によると(物理的な)時間は、現在にあって、過去も未来も存在しないというようになっているようですし、アプリオリでもないという考え方が出てきていているようです。

  さて、ここでは、このような科学的に客観的な視点から時間について考えることを保留して、わたしたちが、日常生活を送る上での「時間とは何か?」「時間をどう知覚し認識しているのか?」についてもうすこし主観点な認識論の観点から考えてみましょう。 

主観的時間の解釈には次のようなものがあります。[2] 
 

 Time is an interesting concept as, whilst it is figures very strongly in conventional science,
 it cannot be directly sensed. To understand it, we must thus do some internal construction and hence metaphors come quickly into play. 

ここで興味深いのは、時間は五感では直接知覚することが出来ないために、自分自身の認識の中で何らかのメタファーとして変換してそれを知覚していると指摘されている点です。

最終的には、時間の知覚・認識まで含めた経験がどのようなプロセスで神経系にコーディング(符号化)されて記憶され、経験のコンテンツと、それより抽象度の高い(時間の認識方法も含む)物事の捉え方としてのフレームを構築しているのかにつながってきます。


今ココにある時間の流れをどのように認識しているか?

ここで、今ココに焦点を当てて時間をどう認識しているのか?ということを少し考えてみましょう。

時間の流れということを明確に意識しているわけではないと思いますが、以下のような場面で時間の流れを知覚している場合があります。
  1. 新幹線にのって窓の外の景色が流れていくのを見ると時間が流れていくのが分かる。
  2. アップテンポの曲を聴くと時間が早く流れているような氣持ちになる、遅いとゆっくり。
  3. 海を見ていると風が吹いてきて風の流れを肌で感じると時間が流れていくのが分かる。 
 この経験についてもうすこし詳細に考えてみると、時間の流れを1.の場合は、視覚で認識される物理的空間、2.は、聴覚的なリズム、3.は体感覚に結び付ける形式で時間を認識しているということが分かります。

逆の言い方をすると、上でも述べたように、私たちは時間そのものを認識することができないため、時間を五感の感覚で知覚できる別の要素・事象にマッピングすることで初めて認識することができるというわけです。

認知科学、特にメタファーをヒトの認知の中心におくエナクティブな認知科学では、ヒトが物事を認識する時に、ある要素・事象に対して別の要素・事象をメタファーとして結び付けることで認知が行われると考えていると考えており[3]、認知科学者のスティーブン・ピンカーは、「空間」と「力」が知覚・認知に影響を与える主要なメタファーであると述べています。[4]

過去や未来のある出来事の時間的な前後関係をどう認識しているのか?

ここで一つの疑問が存在します。それは、 過去と未来の時間は存在しているのか? です。

 
答えは、物理的には存在していないけれども、論理的な情報としては、それぞれの人の中に「主観的な経験と想起が入り交じった何か」として存在しているということになると思われます。

 
 時間は、認識主体の記憶の中に情報空間としてだけ存在していると考えられます。ここでクロード・シャノンの情報エントロピー理論を考えると、情報空間における、情報の乱雑さの高低差によって時間の流れが発生するということになります。

 もう少し噛み砕くと、過去も未来も、自分の記憶にある情報空間の記憶と想起が入り交じった状態でしかありません。 情報エントロピー理論によれば情報は乱雑さの低い状態(抽象度の高い状態)から乱雑さの低い情報(抽象度の高い状態)へ流れるということになり、実際には想像力次第で、時間を逆回ししたり、早送りしたり、普通に再生したりという具合に情報空間の中でいかようにでも操作できるということなります。

時間の認識方法それ自体を変化させたい

 私たちは、時間自体を知覚することは出来ないので、空間などにマッピングしてそれをメタファーとして知覚し時間を認識しているというのは上で述べたとおりです。  

ここでは、
  •  現在起こっている時間の変化を自分のどのような知覚にマッピングしているのかというリズム感のようなミクロな認識
  •  過去-現在-未来をどのようなフレームで捉えているのかという大河の流れのようなマクロな認識
について考えてみたいと思います。

  経験的な話になりますが、日常生活や仕事の場面で、こういったミクロ、マクロの時間に対する知覚・認識が何か問題を起こしている場合が少なくないように思います。

いくつか例をあげましょう、ミクロレベルの時間の知覚(認識)について、イライラして集中することが難しいような場合、忙しすぎて心ここにあらずというような場合、あるいは退屈すぎると感じている状態。

マクロレベルの知覚・認識について、から未来の方向を向いて問題解決に当たらなければいけないにもかかわらず、現在から過去ばかりを向いて、原因の追求にやっきになっているような場合です。 あるいは、足元の課題をしっかり解決する必要があるにもかかわらず将来の夢ばかり見ているような場合です。

それで、これらの解法について、ミクロレベルの時間の知覚・認識については、エリクソン催眠のように、時間をどの知覚にマッピングして認識しているかというマッピングを変更することで時間歪曲が起こり、[5]日常生活やスポーツの場面でも集中したり、落ち着いた状態になったり、最適な状態に調整することができます。[6]

また、時間の概念をどのように捉えているのか?というマクロレベルの時間の知覚・認識については、過去-現在-未来のどこに焦点を当て、どの方向から認識しているのかについて高次のフレームを変えることで、時間の知覚・認識が変り、結果認識主体が持つ意味や解釈を変えることが可能です。[7]
  
文献
[7]http://www.amazon.co.jp/dp/0916990427

(参考)http://www.narberthpa.com/Bale/lsbale_dop/gbtom_patp.pdf

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