2011年9月8日木曜日

意図と選択的注意

今日は認知科学における意図(Intention)と注意(Attention)について書いておきましょう。

どんな意図を持っているかで注意が選択される

簡単にいうと意図とは(内面にある)心の少し高次のところに設定された”ねらい”とか目的と考えると良いでしょう。


それで、私たちはこの意図に沿って、実際、認識することの出来る対象に知覚、つまり五感の注意を選択的に何かの対象に向けることになります。もちろんここで意識的に認識できる注意の上限は7±2の塊になります。

言葉の説明だけではイメージが湧きにくいので、Youtubeにある以下のビデオを見て実際にこれを体験していただこうと思います。

まず、黒い服と白い服を着た人たちが居ますが、ここでは白い服を着た人たちの間でバスケット・ボールが何回パスされるのかを観察していただこうと思います。

この例では、「白い服を着た人の間で交わされるパス」を数えるというのが意図、そして実際にご自分の目を凝らしてここに当てるのが五感(特に視覚)の注意となります。



ここで非常に面白いのは、意図を設定するとそれに引きずられた五感の注意に盲点が出来てしまうということです。

このビデオを見ると途中で「意図していない」ある出来事が起こるのですが、みなさんはこれにお気づきになられたでしょうか?

もちろん、お気づきになられてなくても、それはあなたの責任ではありません、そもそも、人の知覚・認識は意図されていないことを認識するのは苦手に出来ているのですから。 

但しこれから考えられるのは、人は意図していないことについては、それに注意を当て、それが起こっていることを認識することは難しいと言えるのではないでしょうか?

つまり、同じ事実を観察していても、認識主体がどのような意図を持っているかによって、対象のどこに注意を当てるかが選択され、その結果、観察された(主観的な)事実が異なるものになる、ということはおさえておく必要があるのでしょう。 

認知科学や心理学では意図により注意が決まることを選択的注意(Selective Attention)と呼んでいます。[1]


注意が向いてないので重要な情報が無視される

これについてもう一つ Youtube のビデオを紹介しておきましょう。 こちらのほうはビデオを見ている人が試されるのではなく、ドッキリカメラを見るようにビデオの出演者がが試されている形式になっていますのでご安心を・・・。



このビデオを見てとても面白いなと思うのは、◯◯教会はどこにありますか?といった道を尋ねる質問が行われ、丁寧に道を教えてくれる被験者は、途中で、質問者が変わっても、そこには注意を払っていないので、そこに気付くことはないということになります。

それでこのような意図と注意の使い方は人に普遍なものと考えることが出来、日本でも落語、『時そば(関西では時うどん)』の、勘定のごまかし方の中に、選択的注意の応用例を見ることが出来ます。




ここでは、子供の悪戯のような形式で、意図と選択的注意についてご紹介していますが、コーチングやファシリテーションでは、ベイトソンの言う " A difference that makes a difference. "[2] つまり、差異を生み出す差異に基づいて、上に述べたとは反対に認識盲点が出来ないように、あるいは構造的に存在する盲点に注意が当たるように、(信念・価値観、あるいは思いみを含む)意図と選択的注意をナビゲートする能力が求められることになります。 

また、この理論の応用として、家族療法などで用いられるクライアントの認識の枠組みを変えるリフレーミングの手法があります。[3]

文献




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