2011年9月29日木曜日

システム・アーキタイプ




われわれは、音楽という例外を除いて、パターンというものを固定して捉えるように訓練されている。その方がやさしいし楽なことは間違いないが、それでは意味がない。 結び合わせるパターンというものを考え始めるときの正しい道筋は、それがまず第一に(どいうことの厳密な意味はさておき)、相互に作用し合う部分の演じる舞踏なのだということ、さまざまな物理的な限界と生物体が固有に持ち合わせている伽によって固定されるのは二次的なことなのだということである。

グレゴリー・ベイトソン 「精神と自然」
  

今日は、システム・アーキタイプについて少し書いておきましょう。

システム・アーキタイプとは?

システム・アーキタイプは、ピーター・センゲの著作「最強組織の法則」などで紹介されていた、システムの振舞いのパターンです。[1]

パターンといったところに理解の鍵があるわけですが、一般的にシステムは物理的な時空間に存在していますが、そこで起こる何らかの事象と事象の関係性は、そのシステムの観察者の認識の中に存在しているということになります。


 つまり、このシステム・アーキタイプというのは、あるコンテクスト、つまり文脈や状況が設定されて、そこに観察対象のシステムと観察者の双方が存在し、この相互作用の中で出現するパターンが、このシステム・アーキタイプというわけです。 余談ですが、ここでは内部観測やオートポイエシスのような自己創出のシステムについては保留して考えています。

システムを観察すると、局所的で特徴的なところに注意が当たってしまう

以下でも書いたのですが、認知科学的に私たちは何らかの意図(Intention)の元に自分の知覚の注意(Attention)を当て物事を観察することになります。


そして、観察者にとって印象的な部分に注意が向くということになるのですが、これだけだとシステムの局所的な特徴だけを見ているということになってしまいます。 そこで、システムをよりできるだけ大きな視点から理解し、最適化を図ることを考えると、よりマクロな、動的関係性で成り立っているパターンを観察する必要があるわけですが、このパターンの元型が文字どおりシステム・アーキタイプとなるわけです。

 もちろん、このように非常に巨視的な視点を取るためには、ベイトソンのマインドの理論で言うようなメタ視点を取ったり、あるいはアーサー・ケストラーのホロアーキー[2]な構造で表させるより全体へ向かう視点を取る必要があるでしょう。 そして、この視点を上げ下げする中でいくつものパターンが現れ、そして消えていくことを観察することが出来ます。

システムの構造を因果ループで表す

 システム・アーキタイプは基本的に、リニアーな因果関係ではなく、相互作用する因果ループで表現されます。



311の原発事故をシステム・アーキタイプを通して見てみる

個人的には、311後の原発事故についてシステム・アーキタイプを通して見ている3 月半ばのtweet が残っていたので、自分のメモ代わりに載せておくことにします。

http://p.tl/Qo1o センゲのシステム・アーキタイプを政府や東電の言い訳にマッピングしてみる。 「Balancing process with delay」=ただちに影響はありません。

http://p.tl/8mvw センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Eroding goals」= 最悪に備えて最善を目指さないから、終着点がなし崩し的にズルズル低くなる。

 http://p.tl/L35M センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Tragedy of the commons」=問題が同時に起っていてその両方に必要な人財・資材が不足することでより事態が悪化する。

http://p.tl/PtQ6 センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Fixes that fail」=短期的、局所的、場当たり的な問題解決が長期的に起こる問題の原因となる。

http://p.tl/8h2B センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Escalation」= 泣きっ面に蜂 個別には対処できる問題であっても、それが同時に起こると対応が難しくなる。

http://p.tl/atb6 センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Shifting the burden」= 原因ではなく、現象を無くそうと躍起になって原因はいつまでも解決しない。

http://p.tl/VHDe センゲのシステム・アーキタイプに政府や東電の対応っぷりをマッピングしてみる。「Limits to growth」= 問題は幾何級数的に悪化するけれども、取れる施策は足し算でしか行えない。

もちろん、こういった非常に影響範囲の大きな事故についてはコンティンジェンシー・プランが必要なことは言うまでもないのでしょうが、すべて想定外、つまり最初から意図していなかったという言い訳のほうが問題だということが今になって議論されていることのほうが問題なのでしょう。 もっとも、このあたりはシステム工学の範囲を超えて社会学や政治学の領域になるのかもしれませんけれども。

文献
記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


0 件のコメント:

コメントを投稿