2011年9月24日土曜日

Senge vs. Nonaka

今日は、MITのピータ・センゲと野中郁次郎先生の意見の違いについて個人的にネットで調べた情報を元に書いておきましょう。

学習する組織の盲点

少し、時間がある時にフィンランド国防大学[1]学生の書いた「ナレッジ・マネジメントと学習する組織」についての論文を読んでいたところ、P.16 あたりに少し気になる記述を発見したわけです。


  Already at these times the FDF started to claim how it will develop itself as a learning organization.  Even by superficial reading onewill recognize that the theories of Nonaka strongly criticize the Sengean learning organization theories . But how to solvethe confrontation justifiably and could it possible that learning and knowledge creation are intertwined?  

 それは、上にもあるように野中郁次郎先生がピーター・センゲの「学習する組織」[2]の理論を強く批判している・・・という点です。

 それで、これについて少し調べてみることにしました。

すると、「U理論」の開発者であるMITのオットー・シャーマと野中先生の対談の中に以下の記事が見つかりました。

 COS: Your criticism of Western theoreticians such as Peter Senge isthat they lack theory. So you’re using an argument that Western folks usually use against, for instance, Japanese approaches.

Ikujiro Nonaka: The learning model is rooted in the Skinnerian behavioral paradigm, but our theory is rooted in epistemology  

 それで、センゲの学習する組織は、B.F.スキナーの提唱したような行動主義に偏りすぎているのではないかという指摘だというわけです。[3]

確かに、野中先生のアプローチは外的世界と内的世界の循環を考えた認識論的(Epistemological)、あるいは構成主義的(Constructivism)なアプローチであり、センゲのアプローチは、物理的世界、見える世界に焦点が当てられた行動主義のように思ってきます。[4]

  それで、野中先生の方法論は、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの哲学を取り込み、現象をプロセスに戻して考えるやり方や、西田幾多郎の「場」の概念を取り入れて、デカルト的な主客二元論を超えるようなやり方が方法論に盛り込まれているのでこの主張は非常に納得できるところでもあるわけです。

そう考える、シャーマが「U理論」[5]を開発するにあたって、「場」の概念を取り込み、センゲの行動主義的世界と野中先生の認識論の世界をメタに綜合するような形式でオートポイエーシスをベースにした構成主義、あるいは仏教的な認識論を取り込んだ、組織や個人の認識に変容をもたらすシステム論をつくったのかを考えてと興味は尽きないところです。

 それで、個人的には野中先生のSECIやシャーマの「U理論」になると、デカルトの二元論にとらわれない、色即是空、空即是色、つまりオートポイエシスの提唱者であるマトゥラーナやヴァレラがその著書「知恵の樹」で言っている、「認識は行為であり、行為は認識である」、を地で行くような方法論だなと思っているわけです。

文献
[5] http://www.presencing.com/presencing-theoryu/

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