2011年10月2日日曜日

メタ・クエスチョンについて考える(その1)



~について(About)、と考えることで思考の抽象度は上がっていく

ひとり言



今日は、コーチングやファシリテーションにおける「メタ・クエスチョン」について書いておきましょう。

メタ・クエスチョンの目的

メタ・クエスチョンは文字どおりに解釈すれば、「質問についての質問」となります。

 つまり、ある質問をされた場合、直ぐにその答えを返すのではなく、一端その質問が想定している状況や枠組みの外に視点を移し、逆にその背景、目的、意図、枠組み、などについて確認をする質問といって良いでしょう。

コーチングやファシリテーションにおけるメタ・クエスチョンの目的は、課題や問題の起こっている状況といったハコの中から一端この状況の外に飛び出すことにあります。

それで、仮に、今、自分が非常に困った状況にあるとして、それは映画の中で誰か別の人が演じている現実であり、別次元で起こっていることであるという具合に、顧客側からリアリティを持って眺めているような、問題の起こっているのとは次元の異なる新しい視点、つまりメタ視点を作り出すことにあります。

 通常、課題や問題を抱えている状態というのは、自己言及のパラドクスの状態になっていることが多いのですが、[1] これを解決するのが、この自己という範囲から一端出てしまおうというのがその目的です。






この説明は比喩的ですが、「クレタ人は嘘つきだとクレタ人が言っている」という矛盾に対して、非クレタ人がクレタ人に「クレタ人は、嘘つきだ」と言えば矛盾は起こらないというわけです。 もっとも、クレタ人と言う属性は後天的に変えられないわけですが、その課題のハコの中に居る当事者を比喩的にクレタ人、このハコから出た視点を非クレタ人と考えれば自己言及から発生している矛盾は解決されるというわけです。

 もっとも、これは、「ラッセルのパラドクス」とベイトソンのダブル・バインド仮説、あるいは禅、はたまたTOC(Theory of Constraints)の蒸発する雲(Evapolationg Cloud)とも関わってくるわけですが、この説明をすると長くなるのでまた後日書くことにします。

 もちろん、言葉だけでこのメタ視点が導ければこれほど簡単なことは無いわけですが、実際にこれを行うは、認識をプロセスに戻し、知覚に焦点を当て、この知覚や身体感覚を活用する必要があります。(逆に言うと、その意味は何ですか?と質問しても変化した後の、意味を確認する質問には成り得てもその質問自体が意味の変化を導くことはない、となります。)

それで、このプロセスの一例として、家族療法などで用いられるリフレーミングを使い

·           アウトフレーミングするためにクライアントをメタ視点に導く
·           具体的な経験に対する、思考の枠組み、つまりフレームの構造に気づいてもらう
·           フレーム構造、関係性をリフレーミングする
·           新しい、意味、意図が出現する

のような格好で進めていくことになります。

この場合、心身状態の変化や意識の変容を伴うメタ視点を得るにはクライアントによって認識されているダブル・バインドを発見し、それを活用して、それを超えた視点を導き、より良いフレームを見つけ、よりより心身状態や行動を得るようなアプローチが必要なのは言うまでもありません。[2] 

もちろん、これがきちんと出来るコーチやファシリテーターは日本でも数少ないのでしょうが、このレベルまで行くと、単なる良いを通り越した、最上級の卓越性を持ったコーチやファシリテーターと断言できるでしょう。 


関連項目


http://ori-japan.blogspot.jp/2011/09/blog-post_04.html

文献
[2]http://www.amazon.co.jp/Ericksonian-Approaches-Comprehensive-Rubin-Battino/dp/1904424910

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