2011年10月7日金曜日

メタ発言について

今日は、「メタ発言」ということについて少し書いておきましょう。

私自身はアニオタではないのですが、最近Google先生が見つけてくれたアニオタの人たちの間で言われている「メタ発言」という概念が非常に面白かったのでこれについて書いておきます。

もっとも、個人的になぜこの発言が面白かったかというと、ベイトソンが発見したダブル・バインドの状態を解く鍵が、この「メタ」という用語の中に隠されていると考えているからです。

尚、ベイトソンの論文によればこの状態が長く続くと統合失調症の原因になるわけですが、逆に上手く使うと、禅のように二項対立を超えて新しい境地に至ることができるという不思議な状態でもあるわけです。


 ダブル・バインドの対処については後日書きたいと思いますが、今日はその前提に関連するメタ発言について書いておきたいと思います。ちなみにメタ発言はメタ視点から行われるわけですが、心理療法でのメタ視点というのはマジックミラーの登場によって出来た、マジックミラーからセッションの模様を観察している視点ですね。[1]

メタ発言とは何か?

それでニコニコ動画の解説を読むと「メタ発言」が以下のように説明されています。[2]


メタ発言とは、発言内容が本来なら発言者の関知しえないはずの領域に言及している発言のことである。

本来「メタ」とはギリシア語由来の接頭辞で、「高次の~」「超~」「~を含む」「~の間の」「~についての」などの意味を持つが、「メタ発言」として用いる場合は「メタ(フィクション)発言」の意であることが多い。主観的現実世界に実在する我々が、それを超越した次元に言及すること、或いはそうした言及を認識することは論理的にかなり困難だからである。

概要
フィクションとしての物語内部で、 登場キャラクターが物語内部では知りえるはずのない情報、物語内部では意味を持たない情報に言及したり、文章の読み手やゲームのプレイヤー、動画の視聴者などを対象として発言したりする形態をとる。逆に、本来物語の内部世界において不可視であるはずの「作者」が登場し、物語に関与するような場合もある。

例:キャラクター「○○するときは、×ボタンを押してね」


これは物語の作り手と受け手の共犯的なコミュニケーション(ネタ的な扱いでニヤリとする)であることも多いが、虚構と現実の境界を揺さぶって物語の受け手自体に対する直接的な心理効果を狙うこともある。
後者の場合、特にプレイヤーの没入感が高いビデオゲームにおいては、印象的な効果を狙うことが出来る。

こうした自己言及的な構造を主題する作品は様々な分野で見られるが、「メタ発言」と呼ばれる場合は肩肘張らないお遊び的なネタとして楽しまれることが多い。


これは、手塚治虫のマンガなどで、登場人物が絶対に知り得ることの出来ない物語のコンテクストを飛び越えて読者側の視点になって、「ここだけの話だけど、作者の人使いが荒くてねぇ・・・」などという発言を指します。

それで、個人的に重要なことは、そういったドラマの中のコンテクストを超えて、別の次元に立って、つまりそのドラマのコンテクストを超えたメタ視点に立たないとこういったメタ発言が出来ないという点です。 

 当然ながらメタ視点に立つと、ドラマ自体がどういった枠組みやパターンで展開されているのか?といったより大きな枠組が見えてくるようになるわけですし、その視点に立った登場人物は、当然気持も変化してくるわけですし、ドラマの中で起こっている出来事に対する反応も変わってくることになるわけです。

 余談ですが、以下で書いた記事で、MLBマリナーズのイチロー選手も、映画の中で演じている俳優を見ているような視点から自分のフォームをチェックしているメタ視点を持っているという点で、このメタ視点を上手く活用しているように思ってきます。

http://ori-japan.blogspot.com/2011/10/blog-post_04.html

また、以下で書いたマインド・マップのお話も根っこは一緒ですね。

http://ori-japan.blogspot.com/2011/09/blog-post_30.html

文献
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