2011年10月10日月曜日

オントロジカル・コーチング(その1)


全ての行為は認識であり、すべての認識は行為である。

言われたことのすべてには、それを言った誰かがいる。

ウンベルト・マトゥラーナ/フランシスコ・ヴァレラ 「知恵の樹」

個人的に活用しているコーチング手法と言えば、デフォルトの設定では、ベイトソンの認識論(Epistemology)をベースにしたギリガン&ディルツのジェネラティブ・コーチングということになっています。

それで、個人的にきちんとした認識論や存在論(Ontology)をベースとしたコーチング手法に非常に興味を持っているのですが、今日は、コーチングの手法の中でも個人や組織に変化をもたらす存在論、具体的にはオートポイエーシス論ベースをベースにしたエビデンスド・ベースド・コーチングである「オントロジカル・コーチング」 について書いておきましょう。

生命に適用可能なシステム論

人の学習にしても、コミュニケーションにして、よく、脳の働きをコンピュータの機能に喩えて話しているようなケースがありますが、個人的にはこういった喩えは好きではありません。

その理由は、ベイトソンがグノーシス派の哲学を援用して、無生物をプレローマ、生物をクレアトゥーラといったように、無生物と生物では完全にその成り立ちが違うと考えているからです。

 したがって、例えば、脳の働きをコンピュータに喩えることは、無生物の世界では正しい機械論的な考え方を、それが必ずしも正しいとは限らない生物の世界に当てはめているわけであり、メタファーとしては良いとしても、実際の適用に関しては生物にも適用可能なシステム論といったものを慎重に適用する必要があると考えているからです。

 では、生物に適用可能なシステム論といったものは存在するのでしょうか?[1]というのが今日の第一のテーマです。

 個人的には、「Yes、存在する。」で、その一つの考え方がチリ出身の神経科学者であるウンベルト・マトゥラーナ、そしてフランシスコ・ヴァレラらによって提唱されたオートポイエーシスがそれにあたると考えています。[2]


 オートポイエーシス論について簡単に説明しておくと、「生命」というシステムが持つ条件を

l       個体性
l       自律性
l       単位性
l       入出力の不在

の4つとして定式化したシステム論ということになります。[3]

それで、オートポイエーシスを定式化するまで過程で特に印象深いのは、「ハトの網膜の反応が外界の物理的刺激とは簡単には対応しないという観察事実」[4]なのですが、これを広義に解釈すると、外的事実に対する内的表象やその表象に対する意味や反応はあくまでも観察する人自身がつくっている、というような神経学的な事実です。

オートポイエーシスをベースにしたコーチング

 それで、個人的な嗜好としては何となく曖昧で、何となくセクシーで艶っぽいオートポイエーシスというシステム論が好みなのですが、当然ながら、オートポイエーシス論だけだと単なるウンチクであって仕事や日常生活では何の役にも立たないということになってしまいます。

 それで何とかオートポイエーシスを活用できないか?と思ってたどり着いたのが、このシステム論を応用した「オントロジカル・コーチング」というわけです。

 オントロジカル・コーチングは一言で言うと「オントロジー(ontology)」、存在論や「在り方(構成主義的には成り方という言いうべきか?」、それに「エピステモロジー(Epistemology)」認識論を綜合したような方法論になっているわけですが、


とても一言では語りきれるようなものでもないため、このブログの一つのテーマとしておいおい書いていくことにしたいと思います。


追記:ちなみに、オントロジカル・コーチングの開発者はウンベルト・マトゥラーナと同じチリ出身で、チリにピノチェト政権が出来た時にアメリカに脱出した ジュリオ・オラーラですが、この人はずっとUCバークレーで教えていた関係もあってちょっとゆるゆるな西海岸風味になっているというのが個人的にはポイントが高い点です。

文献
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/ウンベルト・マトゥラーナ
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