2011年10月28日金曜日

目的と手段の論理レベル



「目的」と「手段」という概念について考えると、人の認識や行動に与えるインパクトとしてはどっちが強いのだろうかなぁ? それで、相手と「目的」が対立した時は、それらを綜合する、より大きな「目的」を持つ必要があるのだろうなぁ。

独り言


今日は、「目的と手段の論理レベル」というタイトルで少し書いておきましょう。

目的と手段はどちらが強いか?

目的と手段とは何か? と少し哲学的な質問をすると、どちらも言語として名詞化された概念と言えるのですが、

グレゴリー・ベイトソンのマインドの理論から考えると、ある人の内的世界に概念として存在する「目的」と物理的な世界に行動を通して働きかけることのできる「手段」は異なる論理レベルに存在している概念と言えるでしょう。[1]

どちらが論理レベルの上位に存在するのか? 言い換えるとどちらが人の認識・行動に影響を及ぼすインパクトが大きいのか? を考えると、当然「目的」は心の中にあり、場合によっては他人と共有されるものですが、

ベイトソンのマインドの理論からすると「目的」のほうが論理レベルの上位あり、人の認識・行動に与えるインパクトが大きいということになります。

実際には、「手段」は「目的」に従属するというような関係になっていることが分かってくるわけで、比喩的に言うと「目的」と「手段」が戦うと「目的」のほうが強いということになってきます。

政府と中央銀行との関係

少し話は飛びますが、各国を取り巻く経済の話を中央銀行の視点から少し考えてみましょう。  

それで、まずは、中央銀行と政府の関係をこの論理レベルの視点から考えてみましょう。

 一般的には、欧州銀行のように、中央銀行の独立性を考えた場合には、中央銀行が持つのは「手段」の独立性であって、「目的」の独立性ではない・・・ということになっているようです。 つまり、中央銀行は政府の「目的」に従って、「手段」の独立性のみを持つということになります。[2]

 一方日本についてはどうでしょうか?

日本については1998年に日銀法が改正され、日本銀行に「目的」と「手段」の両方の独立性が認められている格好になっています。


つまり、「政府」と「日銀」がそれぞれ別法人格としての「目的」を持ってしまっており、中央銀行が政府の「目的」には必ずしも従う必要はないというような独立性を持ってしまった構図が生まれてしまっているというわけです。それで状況によっては「政府」と「日銀」の間に「目的」の対立が生まれる構造になっているということになっています。

デフレと円高は止まるのか?

上で説明したように、政府と日銀は完全に独立しており、現在、シカゴ派と言われている白川総裁は、自由放任主義的考え方を持つと言われており、一方ケインズ的な政府主導によりインフレターゲット論に基づく介入には否定的だと言われており、まさに政府と日銀は別々のアイデンティティを持つ存在として存在し、かつ、かつ信念・価値観レベルで対立している・・・と考えることができます。

 そのため、欧米の中央銀行が政府の目的にそって手段のみを選択しているにもかかわらず、日本は政府と日銀の緊張関係が続くなかで、デフレ脱却のためにより一層の金融緩和が望まれるにも関わらず、政府と日銀の不調和が続き株価と円高が進んでいるという状態になっています。 もっともここでそもそも論が存在し、金融緩和→デフレ脱却なのか?という効果の是非とそれが機能する前提条件を問う議論もあるようですが・・・

今後の議論の一つの柱

 今後の議論の柱として、日銀法を再び改正して、日銀には「手段」の独立のみ認めるべきだという案がみんなの党から提案されています・・・・


 もっとも、今のところ個人的にはある特定の党の意見を支持しているわけではないのですが、今日のテーマである、論理レベルの視点から考えて見ると、相手と「目的」そのものが異なる場合にどういったアプローチが必要になるのかというのは非常に興味深いテーマだなと思った次第です。

こういった、論理レベルを取り違えたり、論理レベルを混同したりしてしまうことは場合によってはシステムの混乱や破壊に繋がる恐れもあるわけですから、個人的には、ベイトソンの論理レベルやシステム思考の視点をひとつの切り口として「円高」や「デフレ」、それとここでは書かなかった「TPP」の推移を見守りたいと考えています。  

追記:以下のリンクで書いたのですが、法人、グループ、個人などが同じような属性、性質、機能を持ち、ある意味ライバルのような関係にあるのがコミュニュケーションにおける「Symmetric(対称)」の関係、また上下のような縦の関係は明示されていませんが、異なる、属性、性質、機能を持ち補完関係にあるのが「Complementary(補完)」の関係になります。


http://ori-japan.blogspot.com/2011/10/blog-post_16.html


これについて個人的にはあるコンピュータ会社が社内にインクジェット・プリンター部門とレーザー・ジェット部門とを対称関係である意味社外の競争より激しく競争させていたことを思い出しますが、この場合、経営者が両方の部門に対して協力な補完関係でスポンサーシップを行なっていたのではないかと考えています。


それで政府、日銀の関係も早く日銀法を改正して政府が日銀に補完する関係にしなさい、あるいはこれが出来るかどうかはわからないのですが、政府、日銀の対立を調整できる補完的な機関を両者の上に置きなさいということになるのでしょうが、これが中々難しいように思えてきます。
  
文献
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