2011年12月23日金曜日

マインドのクライテリア



こころ ってどのように動いているのだろうなぁ ?

独り言


今日は、「マインドのクライテリア」と題して少し書いておきましょう。

マインドはどう動くのか?
 
 物理学ではないのですが、公理や法則に戻ってそこから組み立てることが非常に重要なことがあります。

 もっとも、個人的にこういう考え方を支持している理由は、コンテンツや途中のプロセスの詳細をあれこれ記憶しておくことが面倒だと思っているので、そのプロセスを導ける方程式めいた原理原則を覚えておいたほうが良いなと単純に考えているからです。

 それで、人を適切に支援したり、課題を解決したり、あるいはその前段にあるコミュニケーションを適切に行うために、人間の精神(マインド)の原理原則のようなものはあるのか?と考えることになるわけです。

もちろん、構成主義が教えているところは物理的な空間で行われていることと、その反応を受けて言葉で表現したり、概念を理解したり、意味を見つけたりすることの間には因果関係はない、です。

 つまり、悪く言えば、心理学的な世界では仮説だろうが妄想だろうが幻覚だろうが何でもあり、良く言えば、外的な出来事に対して、あなただけが出来る、物事の見方、考え方、表現、意味づけが出来るということでもあるわけです。

もっとも、個人的にはこういったコンテンツの詳細のようなところに付き合うほど気が長くないですし、暇でも無いので、やはり物理学の原理・原則みたいなものはないのだろうか?と考えることになります。

それで、コミュニケーションについてはポール・ウォツラィックの「コミュニケーションの公理」[1]になるのでしょうし、マインドについては、ベイトソンの「マインドのクライテリア」となるのだろうな、と思っているわけです。

それで、ベイトソンの「精神と自然 (Mind and Nature)」を読むと、マインドの機能が6つのクライテリアで表現されていることになります。
 

1.      「精神とは相互作用する部分(構成要素)の集まりである。」
2.      「精神の各部分の相互作用の引き金は、差異によって引かれる。差異とは時間にも空間にも位置づけられない非実態的な現象である。差異はエネルギーにではなく、負のエントロピー/エントロピーに関係する。」
3.      「精神過程はエネルギー系の随伴を必要とする。」
4.      「精神過程は、再帰的な(あるいはそれ以上に複雑な)決定の連鎖を必要とする。」
5.      「精神過程では、差異のもたらす結果を、先行する出来事の変換形(コード化されたもの)と見ることができる。」 変換のルールは、比較的すなわち変換される内容より)安定したものでなくてはならないが、それ自体変換を被ることもありうる。
6.      「変換プロセスの記述と分類は、その現象に内在する論理階型のヒエラルキーを表す。」
 
  
それで、言っていることは非常に深いなと思うわけですし、マインドを説明する時に面倒臭がりな自分にとても合っているなとおも思っているわけです。 

もっとも、ここで負のエントロピー(ネゲントロピー)や随伴エネルギー(Collateral Energy )、ベイトソンは、石は蹴ってもニュートンの法則が成立つが、犬は蹴ってもそれは成り立たないといっているような話になって収集がつかなくなるのでこれはまた別の機会にすることにしましょう。

何れにしてもこういった原理原則を使うと何が良いかというと、以下の論文のように上のクライテリアを教育学に適用して考察しているといったのが見つかりますが、


ほんの少しの原理原則から含蓄のある文章を書くことが出来たり、思考を深めることができるということなのでしょう。 

文献

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


0 件のコメント:

コメントを投稿