2012年1月9日月曜日

能面の不思議



色々な現象は、観るものと、観られるものと、コンテクストの相互作用で決まるのですよねぇ。

独り言


今日は、「能面の不思議」と題して少し書いておきましょう。

誰がその表情を推察しているのか?
 
暇があるとよく東博に行きますが、そこに展示してある能面[1]を観察していると、能面というのは本当に不思議な作用があるものだとつくづく思ってきます。


 同じ女面をじっと見つめていると、一見ほほえんでいるような表情をたたえていると思いきや、悲しみの表情を浮かべたり、怒りが見えたり、その深層の中に、様々な喜怒哀楽の感情がまるでネッカー・キューブのように浮かんでは消え、浮かんでは消えていくようなことが起こります。

 このようなことから考えると、能面は自分の心情を写す鏡ではないかとも思ってきます。

 つまり能面は、色々な具合に解釈可能なメタ表情を持った面だとも言えるでしょう。

 そして、観察者である観客は、ある視座から、その時の状況(コンテクスト)とそのメタ表情から、能面から投げかかられたより具体的な感情や情動を推測する、ということになるというわけです。

 恐らくこの時に相手の表情をどのように解釈するのか?自分の心身状態がかなり影響していることになるでしょう。


 例えば、直情的な「怒り」を表した作品と、能面のゆらぎの中に「怒り」を見出した場合、ベイトソンのマインドの理論からすると、観察者のこころの論理階型ではどちらが上位のレベルにあるのだろうといったことを考えることがあるわけですが、個人的には能面のほうの「怒り」のほうが上にあるのではないかと考えていて、ある意味、こころに与える影響は大きいようにも思ってくるわけです。

 そう思うと能は、メタ・コミュニケーションの揺らぎを活用した究極の芸術に他ならないのだろうと、日本の文化の再発見をして面白いなと思っている自分をさらにメタ認知して面白がっている自分が居るというわけです。 

文献

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