2012年1月27日金曜日

何をどう区別している?


幼稚園や小学校でやった、「仲間はどれだ?」「仲間はずれはどれだ?」で野菜グループと動物グループの区別をつけるというような行為は認知科学の基本ですねぇ。 
 で、大人になると、「どうしてそんなグループにしているのだろう?」とそっちのほうが気になると(笑)

独り言


今日は、「何をどう区別している?」と題して少し書いておきましょう。

認識の中の区别

あくまでも想像ですが、こういった場面を考えみましょう。

唐突ですが、カフカの「変身」で朝起きると自分が虫になっていたではありませんが、あなたが朝起きると、なぜか動物プランクトンになっています。

もっとも、仮定に少し無理がありますが、動物プランクトンです。恐らく、海とか川に居るということになるでしょう。

それで、なぜかお腹が減ってくるわけですが、まずやらなければならないことは、食べ物を見つけることです。 海の中を泳ぎ回って食べ物を見つける散歩に出かけます。

それで、ここで疑問が起こります、動物プランクトンであるあなたは、「自分が食べられるものと、食べられないものの区別をどうつけているのか?」という疑問です。

以下でも書いたわけですが、


認知科学的には、目の前にある、ものが食べられそうなものであるかを見たり、聞いたり、触ったりして、認識し、自分の記憶の中のデータベースと突き合わせを行なってそれが食べられるかどうかを判断しているということになるわけです。

 それで、このデータベースの突合ということについてはほとんど無意識にやっているようですが、頭の中に集合のような形式で表される概念のどのカテゴリーに適合するのか?といった「仲間はどれだ?」「仲間はずれはどれだ?」を行なっていると言って良いでしょう。

これについて別の例があります、某首相経験者を父に持つ某政治家の方がいらっしゃいます。

元外交官で作家の佐藤優氏の著作「国家の罠」を読むとこの方のことが実名入りで書かれているわけですが、この政治家は人を、1)家族 2)使用人 3)敵と単純に区別していると書かれています。 

それで、佐藤氏自身は 3)の敵に分類されていようだと自虐的に書かれているわけですが、これもある意味、この政治家の方が経験から培ったデータベースを自分自身の中に持っており、無意識に区别を付けているということになるのでしょう。


もっとも、認識の中にどのようなカテゴリーを持っているのか? そのカテゴリーに沿って、その出来事やもの、さらには人をどのようなカテゴリーで見ているのか?はその人の物の見方や世界観を決定するとも考えて良いでしょう。

このように、微生物のようなものから、動物、そして人まで、認識機能を持つ生き物がどのよう何をどのように区别しているのか?というのは認知科学の非常に重要な研究対象になっているわけですが、こういった前提を踏まえ、Youtube Google Tech Talks にあった「The Cognitive and Computational Neuroscience of Categorization」というタイトルのビデオを貼りつけておきましょう。


http://www.youtube.com/watch?v=2Ei6wFJ9kCc


それで、西洋のデカルト主観を基調とする科学的思考の基本は、わける → 分かる ということになるわけですが、まずは物事の区别をつけるという意味では重要なことなのでしょう。

もっとも、カテゴリー化、プロトタイプを信奉するエナクティブな認知科学は主観的かつ身体感覚を伴う経験を扱うメルロ=ポンティの世界に戻ろうと志向しており、「こころと体は切り離せない」としており、基本的にはアンチ・デカルトなのも面白い点だと思います。

文献
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