2012年2月5日日曜日

家族療法におけるパラドクス介入


 
 何かの状況で、人に「~をしちゃいけないですよね」というよりも、それをすることでその人がもっと困るような状況であれば「~をもっとやったらいいんじゃないですか?」とか「~の回数が足りないのではないですか?」といった真逆の示唆をしたほうが解決や行動の変化につながることが多いのはなぜなんだろうねぇ。(笑)

独り言


今日は、「家族療法におけるパラドクス介入」と題して少し書いておきましょう。

パラドクス介入

今日のお題は、「家族療法におけるパラドクス」です。

MRIから派生した短期療法には基本的には以下のようなお約束が存在します。

(1)  比較的良い状態があるか? →その状態を引き起こすことを Do More
(2)  良い状態がない → 良い状態を引き起こすように Do different
それで、手元に統計的な情報がなく聞きかじりの情報で恐縮ですが、どうも Do different の介入は、あまり上手くいかないようなのです。

 この話の前提として、短期療法の物事の見方にこういうのがあります。「認識主体が認識している問題は、不適切な解決努力により維持されている。」→ つまり、その問題というのは物事の見方である認識と行動が相互作用するあるパターンよって引き起こされている、そしてその問題が維持されているのはこのパターンを強化する不適切な解決努力を続けているためである、ということになります。[1]

では、この問題を解決するためには、このパターンを崩せば良いということになりますが、ここで考えられるのが、禁断のパラドクス介入ということになります。

パラドクス介入は、パロアルトのMRIを特にベイトソンの理論にかたくなまでに忠実に再現したミラノ派の短期療法が得意とすることですが、関係性に対してどのようにパラドキシカルな介入をどう行うのか?

というと、基本は問題のパターンを強化する方向に Do More を考えてもらうというような方向になります。

それで、上手く行けば、クライアントが問題のパターンに気がついて、問題を強化する不適切な解決努力を止め、そして問題が解決するということになります。

 それで、具体的には、イラン人の家族に対して、ミラノ派の家族療法のアプローチを用いて、パラドキシカルな介入を行ったケーススタディが掲載された論文が以下のインクにあるのでこういったことを参考にしていただければ良いのではないかと思います。


もっとも、個人的にはセラピーをやる予定はないのですが、単にビジネスのコンテクストでファシリテーションを行う場合、グループ・ダイナミクスの力を引き出すのに経験や勘だけではなくて、もう少し形式知化出来ないかということで、こういったパラドクス介入研究中というわけですが、中々奥が深いように思ってきます。 

余談ですが、昨日、ニック・ケンプ先生のプロボカティブ・チェンジワークスに少しだけ参加してきましたが、ここでも、パラドクス介入をやっていて非常に分かりやすくて面白いかったですねぇ。個人的な印象は家族療法や短期療法のパラドクス介入をもっと楽しく使いやすくした感じですねぇ。

 
文献

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