2012年4月21日土曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その30)曖昧さ




 おそらく、ポール・ウォツラウィック博士の言う「第一次変化(First-order change)」って「今見ている現象に対して、新しい解釈や意味を見つけること」だと思うわけだし、「第二次変化(Second-order change)」って、より高い視点に立って「今見ている現象に対する新しい解釈や意味についての、新しい解釈や意味を見つける」ことだと思ってきます。

  しかし、一般的にはある現象や物事に対する解釈というのは固定化されているため、よほどのことが無い限りこれは揺らがないようにも思ってきます。
 
独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その30)曖昧さ」について書いておきましょう。


曖昧なことは悪いことなのか?

 Oxford 英英辞典で ambiguity:「曖昧さ」の定義を検索すると以下のように書かれています。


the quality of being open to more than one interpretation.

一つ以上の解釈に対して開かれている(身体感覚を伴った)質感。

 
 通常、わたしたちは、身体感覚や気持ちを伴って何かを認識しているわけですが、一つ以上の解釈が存在し確信を持って一つに決めかねている状態ということになります。

 一般的に「曖昧さ」というと、「物事が一つの解釈に決められていない状態で、その状態は良くないこと」である、逆に「物事の解釈が一つに決定されていて曖昧さが存在しないこと、つまり明確なことは、良いことである」というような思い込みが存在するように思ってきます。

 もちろんこれを言い換えると、ある現象について一つの解釈しか存在しないということは、その物事の意味が一つに固定されることを意味しているわけであり、「変化」を起こりにくくする方向で固定している方向に向かっているように思ってきます。



 しかし、エリクソンの言語パターンの一つである「曖昧さ(Ambiguity)」の面白いところは人が認識や行動の変化を起こすためにあえて、この「曖昧さ」を利用しており、ある物事に対して固定されている(基本的には言葉でラベリングしていることで成立している)意味や解釈に揺らぎを起こし、今まで考えてもみなかった新しい意味や解釈を探すために使っているというところでしょう。

 このことを、あえて説明すると以下で書いたような一般意味論の「Etc.」で説明するような格好になるのでしょうが、


 ある物事に関連付けられた、新しい意味、新しい解釈を探すために、あえて現在の関連付けを曖昧だと考えてみましょうと言っているように思えてきます。

 それで、もちろん後の研究者の分類に過ぎませんが、エリクソンが用いた「曖昧さ」は、1)発音 2) 統語(シンタックス)3)範囲(スコープ)4)句読点(パンクチュエーション)、それぞれの「曖昧さ」に分類されることになっていますが、それぞれの例については明日以降考えてみることにしたいと思います。

(つづく)
 

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