2012年4月26日木曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その30)曖昧さ:駄洒落




 仕事や日常の場面で、それが修羅場だったとして、ちょっとした洒落っ気を発揮し続けるというのは精神衛生上とても良いことじゃないのかなかと思ってきたりもするわけです。
 
独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その30)曖昧さ:駄洒落」について書いておきましょう。

英語の駄洒落は結構難しい

 これは、曖昧さ(Ambiguity)の中のその他の項目に含められることもありますが、エリクソンが使ったのが駄洒落、洒落( Puns)です。[1][2]
 
 もちろん、クライアントがある言葉にとらわれて深刻な状況に陥っているとすると、エリクソンが狙いすましたような洒落っ気を発揮してその状況に揺らぎを与える、つまり、一つの言葉に2つ以上の意味を与えることで、一種のリフレーミングのようなことを行なっているということになります。

 例えば、以下のような文があります。


"If pun-ishment were effective in reducing inappropriate behavior.

(意味)もし、不適切な振舞いを減らすために罰が効果的ならば。
(意味)もし、不適切な振舞いを減らすために駄洒落の刑が効果的ならば。


 上の文を読むと、punishmentは、通常、罰や刑罰という意味ですが、発音する場合にpun-ishimet と間に少しポーズをおくと別の意味が付加されてしまいます。

 もちろん、ダブル・バインド仮説でもお馴染みの「~してもお前を罰する」、「~しないとお前を罰する」から始まって、メタ・レベルまでがんじがらめの状態にあるとしても、


 実はこの罰が「駄洒落の刑」であって、それほど深刻なものではないという感覚が起これば、ダブル・バインドを伴う課題や問題も随分異なったものになってくるのではないかと思ってくるわけです。

 実際に、エリクソン&ロッシの残したクライアントとのセッションの記録が残っていたりするわけですが、英語で記録された原文のダイアローグを読んでみると結構な頻度でこういった洒落っ気たっぷりの場面が見つかるのは非常に面白いことだと思います。

 逆に言うと、アカデミックな方が緻密に日本語に翻訳された本でもこのあたりの洒落っ気が落ちてしまっている可能性はあると思います。もちろん、このあたりのニュアンスを残して日本語にすることは、ほどんど神業に近いことなのでしょうが・・・

 それで、こういった事から推測するとエリクソンは、いつも何か面白いことを言おうと命をかけている関西人のようなイメージがしますが、個人的にはあながちそのイメージは間違っていないように思えてきます。

 もちろん、エリクソンは洒落や駄洒落も非常に緻密に考えているところがあるので個人的には桂米朝師匠のイメージに近いかなぁ。(笑)

(つづく)

文献

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