2012年4月29日日曜日

ミルトン・エリクソンの言語パターン(その32)物語とメタファー



見えているものが簡単だからといって、見えていない本質が簡単だとは限らない。

逆に、見えているものが複雑だからといって、見えていない本質が複雑だとは限らない。
 
独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンの言語パターン(その32)物語とメタファー」について書いておきましょう。

メタファーと物語

 さて、ゴールデンウィークに突入したところですが、今日は、エリクソニアンの物語やメタファーについて少し書いておきましょう。

ミルトン・エリクソンは、クライアント対して物語やメタファーを語ったことで知られています。

  もちろん、この物語やメタファーの詳細については、エリクソン関係のメタファーが時系列的かつ体系的にまとめられている「Metaphoria[1]などの著作を読んでいただくとして、はじめになぜメタファーなのか?を考えてみましょう。

 私の座右の書でもある、エリクソン&ロッシの著作「EXPERIENCING HYPNOSIS[2]を読むと以下のような記述が見つかります。


Now the next thing I want to stress is the tremendous need for each doctor to work out a method of suggestion for himself. In developing my own technique, I worked out what I felt was a good hypnotic technique. It was about 30 typewritten pages, single-spaced, of the various types of suggestions necessary to induce a deep trance. And then I slowly cut it down from 30 typewritten pages single-spaced to 25, to 20, to 15, to 10, to 5, and so on, so that I could use the whole 30 pages or I could use just one page or one paragraph. But I learned thoroughly how to graduate my suggestions, and how to lead from one suggestion to another. When one does that sort of thing, one learns how to follow the leads given by his patient.


要は、エリクソンがクライアントにデリバーする暗示を練り上げるために、30ページものメモ書きから考え始めて、最終的にはそれを凝縮できるところまで凝縮して最終的に使う暗示は1つのパラグラフ程度、といった具合です。

それで、物語やメタファーについても、これを使うのは、クライアントに面白がってもらう、というのがねらいではなく、その一つは、上でつくったような暗示を、物語やメタファーに隠してデリバーするためということになるでしょう。

もちろん、なぜ暗示をメタファーや物語に隠してデリバーするかと言えば、クライアントがあまり意識せずに、論理階型の上位にある視点から新しい、資源・資質を見つけて認識や行動を変化させることを支援するためということになるでしょう。

 もちろん、ここに、普通の人はメタファーや物語を聞いた時に、コンテンツに注意が向いてしまうというという前提が存在するように思ってきます。

 さて、もう一つはなぜメタファーや物語をクライアントにデリバーするのか?を説明しているモデルに、エリクソニアンであるビル・オハンロンさんの「Class of Solution /Class of Problem Model」があります。


 余談ですが、Class の話を始めるとバーランド・ラッセルとアルフレド・ノース・ホワイトヘッドの著作、「プリンキピア・マティマティカ」の話から始めて、認知科学系の話だとカテゴリー化やプロトタイプ、IT系だとオブジェクト指向の話をしなければいけなくなるのでしょうが、長くなるのでここでは話さないでおきます。


http://ori-japan.blogspot.jp/2011/11/blog-post_23.html

 それで、オハンロンさんのモデルは、エリクソンの不思議な部分を徹底的に取り除いて単純化されていることが多く、ある意味人を食っているようにシンプルなモデルだったりすることが多く、人によっては「たったこれだけ?」と思ってしまうこともあると考えられますが、よく考えてみると本質的なことをついていることが多いモデルだと個人的には思っています。

 それで、2011年の Erickson Congress (エリクソン国際会議)で配布された資料のP.4を読むとこのモデルについての説明が見つかります。


 要は、クライアントがある問題にはまってしまってある意味我を忘れているような状態があるという前提があるわけです。

ここで、エリクソニアンとしての治療家は、アナロジー、逸話、トランス、他の人との共同作業の指示などで介入を行うことになります。

それで、なぜこのような介入を行うかというと、その答えは、クライアントがその状況がどのように起こっているのかというコンテクストに気付かせるためとなります。

つまり、どのようにその状況に陥ったのか?と考え始めた時点でクライアントは既にメタ認知を始めており、問題にはまって我を忘れている状況を抜けだして、この問題のコンテクスト、つまりどのようなプロセスが連鎖し、どのような関係性の元でそうなったかと別の論理階型にある視点にでて気づき始めているということになるわけです。

その意味では、オハンロンさんのモデルから考えると物語やメタファーを使う目的は、自己同一化している問題からメタ認知を使って自己同一化を解く、また、物語やメタファーを使うことでその問題を相対化する、そして、問題をそれがどのような関係性で起こっているのかそのプロセスに焦点を当て、さらに、どのようなプロセスを取ったら解決できるのかその具体的な方法に注意が向いてくることを意味しているように思ってきます。

そう考えるとオハンロンさんのモデルはシンプル過ぎるほどシンプルですが非常に本質的なことを語っているように思えてきます。

(つづく)

文献
[2] http://www.amazon.co.jp/dp/0829002464/


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