2012年5月18日金曜日

リフレーミングに対する考察(その1)



元々家族療法の概念が来ているリフレーミングは、言葉が上滑りしているレベルで使うと単なる言葉遊びになってしまうので、クライアントの腑に落ちるレベルで活用する必要があると思います。もちろん、ミルトン・エリクソンのリフレーミングのように相手の意識に登らないように言葉の行間にメタ・メッセージとして相手に送る方法もあって、このパターンだとクライアントの意識に登らないところでリフレーミングが行われていて、認識や行動になんらかの変化が起こることになるわけですが、このあたりは英語の論文を読みまくって練習するとやっと出来るようになることだからそれなりの努力は必要だと思います。まぁ、エリクソニアンの先生方は伊達に博士号を持っている訳ではないということですねぇ。(笑)

独り言


今日は、「リフレーミングに対する考察(その1)」について書いておきましょう。

リフレーミングとは、あるメンバーを別のクラスに再度カテゴライズしなおすこと

リフレーミングは、元々MRIのポール・ウォツラウィック[1]が唱えた家族療法の概念として出発していますが、その著作 Change の中にリフレーミングについて言及された部分が見られます。



1. Our experience of the world is based on the categorization of the
objects of our perception into classes

2. Once an object is conceptualized as the member of a given class
it is extremely difficult to see it as belonging also to another class.
This class membership of an object is called its "reality“;thusanybody
who sees it as the member of another class must be mad or
bad.

3. What makes reframing such an effective tool of change is that
once we do perceive the alternate class membership(s) we cannot
so easily go back to the trap and the anguish of a former view of
reality.


ここでは、クラスという概念は元々集合論の概念で、ボトムアップで考えると、共通の属性を持つ要素(メンバー)をくくり上げることの出来るクラスと考えていると言って良いでしょう。もちろん、あるクラスがさらに抽象度の高いクラスに入れ子構造になっている形式で考えることが可能です。

それで、ウォツラウィックの場合は、ベイトソンの Theory of Mind[2] を採用していると考えられ、ここで使われている、クラス、やメンバーという概念の元をたどれば、バートランド・ラッセール、アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの著作「プリンキピア・マティマティカ」[3]からの引用と考えて良いでしょう。

され、上の1.について考えてみましょう。経験された世界は、知覚された事象をどのクラスにカテゴリー分けするのか?に基づいている、決まるということになってきます。

このあたりは、現在であれば、認知言語学のカテゴリー化とプロトタイプ[4]を使って、知覚、認識された事象がどのようにカテゴリー分けされるのか?考えれば良いということになると思います。

それで、2.で指摘されているのは、一旦どこかのクラスにその事象がカテゴリー分けされるとそれを変更することが難しいこと。一般的にはクラスに分類されている要素であるメンバーが「現実」と呼んでいることと同じであること。また、自分の考えているクラス以外のところにそれを分類している人を見ると馬鹿げて見える場合があること、となってきます。

3.では、ある「現実」であるメンバーを別にクラスに再度カテゴライズするため使う道具がリフレーミングであり、一旦あるメンバーが別のクラスにカテゴライズされるとそれが元の辛いと意味付けられている経験に戻ることはない、ということになります。

もちろん、これは集合論的な概念を使ってリフレーミングがどのようなものかを説明しただけなのでこれだけではリフレーミングが出来るようになるわけではないのですが、原理原則としてはこれはこれでありなのでしょう。

(つづく)

文献
[4] http://en.wikipedia.org/wiki/Prototype_theory


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