2012年6月9日土曜日

禅と心理療法の技法



物事を学問的なフレームワークで観察するとどうしてもデカルトの心身二元論的なプローチになってしまうのだけれども、そこに禅のプローチを持ってきてその瞬間に溶けこむようなプローチを取ると何が見え、何が聞こえ、何を感じるのか?というやり方をするとまた別の世界が開けてくるように思ってきますねぇ。これって西田幾多郎がいった純粋経験っていうヤツなんだろうけれど、私にはまだそれがどういうものか、まったく分かっていないわけで・・・・・(笑)


独り言


今日は、「禅と心理療法の技法」について書いておきましょう。

禅と心理療法の技法

  今日も手短に。 ミルトン・エリクソンから派生した心理療法の流れについて以下のリンクで説明した通りです。


 それでこの中で後にワシントン D.C.を中心に活躍したという理由でワシントン派と呼ばれる一派がありその中心が日本語にも翻訳されている「アンコモン・セラピー」[1]の著者であるジェイ・ヘイリー氏[2]です。

 それで、ヘイリーの著作の中で個人的に気に入っているのは「Zen and Art of Therapy[3]と題したエッセーです。

  このエッセーは、ヘイリーがミルトン・エリクソンの心理療法をモデル化する際に、デカルトの心身二元論に代表されるような西洋のロジックに限界を感じ、人の認識や行動がどのように変化するのか?という課題に対して、東洋の禅に変化のプロセスのモデルを求めたという経緯で書き始められています。

 禅の一つの側面は、自分をあえてパラドクシカルな状況におく、あるいはパラドクシカルであることを自覚した上で、そのパラドクスを作り出している枠組みの外側にとび出すということ、ということになるのでしょうが、その意味ではヘイリがミルトン・エリクソンの心理療法のプロセスを禅に見出したというところは興味が尽きないところでもあるわけです。

(つづく)

文献
[3]http://books.google.co.jp/books?hl=ja&lr=&id=T1xvhrWHYxUC&oi=fnd&pg=PA24&ots=RGw5IgJnU0&sig=Enen4OQE_lbsvELtJKxyVop4l0w#v=onepage&q&f=false


記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

0 件のコメント:

コメントを投稿