2012年6月15日金曜日

システム思考の元型



天下みな美の美たるを知るも、斯れ悪のみ
みな善の善たるを知るも、斯れ不善のみ
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美が美として認識されると、そこに醜いものが生じる
善が善として認識されると、そこに不善が生じる

という老子の一節があるけれど、これが結構深い。「絶対的な正義」とか言われると、とてもうさん臭いものを感じるのは、多分老子の影響が大きいかなぁ(笑) もちろん、ここで美とか、善とか言っているの個人や社会の価値の話だから美とか善とか判断される裏には何らかの枠組みとか基準が存在しているようにも思ってきます。

独り言


今日は、「システム思考の元型」について書いておきましょう。

システム思考の元型
 
今日も手短に。 「◯◯が欲しい」「◯◯という結果が得たい」という場合、単純に一生懸命努力するというやり方だとなかなか思う結果を得るのが難しいように思ってきます。そこで個人的にはそれを解決する一つの方法がシステム思考だと考えているのですが、これについて少し書いておきましょう。

Wikipedia のシステムズシンキングの項目を参照するとその定義が以下のように書かれています。


システムズシンキング(Systems thinking)とは、 物事をシステムとして捉え、その要素間の因果関係をグラフとして表し、その構造を利用して振舞の特徴把握や定性的な分析を行う考え方。

 システムの各要素は、環境やシステムの他の要素から分離した場合、異なる振る舞いを見せるという前提に基づく。 全体論的なシステム観を持ち、デカルトの還元主義と相対する考え。

システムシンキングでは、全体のシステムを構成する要素間のつながりと相互作用に注目し、その上で、全体の振る舞いに洞察を与える。 全ての人間活動は開放系であり、それゆえ、環境からの影響を受ける、という考えに基づく。


それで、分析=分ける→分かるというロジックからのパラダイムシフトだから、本当は、システム全体をシステムとして受け止める必要があるので、分析ではなくて綜合ということになるのだと個人的には考えています。

このあたりは、元々サイバネティックスの考え方から来ていて、Youtubeの画像を検索するとサイバネティクスの重鎮先生のひとりである、ハインツ・フォン・フォルスター[1](冒頭のサングラスの老人)がドイツ語でこのあたりについて語ってくれています。



それで、今日はこういったサイバネティクスから発展したシステム思考の考え方であるシステム思考の元型(システム・アーキタイプ)について書いておきましょう。

システム・アーキタイプと言えば、ピータ・センゲ著「Fifth Discipline(邦訳:最強組織の法則)[2]の中で解説されていたシステム思考の因果ループのパターンで、システムのよくありがちな振舞いをパターン化したものと考えれば良いでしょう。[3]


 もちろん、システム・アーキタイプは特段難しいことを言っているわけではなく、言葉で説明すると、「システムに何かを働きかけて効果が出るまでには時間差がある」、例えば、販売キャンペーンを仕掛けて、効果が出るまでには時間差がある。「リソースを取り合うとそこがボトルネックになる」例えば、ある人に仕事が集中してその部分が仕事全体のボトルネックになる・・・など少し考えれば分かるのですが、現象にいちいち対処して局所最適を行なっていることを戒め、システム全体に目を向けてもらうようなパターンでもあるわけです。

 それで、できるだけシステムの全体のパターンを見て、このパターンに働きかけていくというのがこのシステム。アーキタイプの使い方になるように思っているわけですが、このあたりになると人と人、人と事象の関係性についてその認識に還元して働きかけをしていく家族療法の考え方とあまり違いはないようにも思えてくるわけです。

 よく、コップに半分の水を見て、悲観主義者は「コップに半分しか入っていない」と考え、楽観主義者は「コップに半分も入っている」と考えるというのがありますが、個人的には、「システム思考家はコップに半分の水を見て、その時の状況、水と空間の関係性、目的や意図」というように何らかの関係性を冷静な眼差しで観察し、自分の望む結果が得られるようにシステム全体を見ながら働きかけていける人のようにも思えてきます。

文献

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