2012年8月2日木曜日

組織の問題解決のためのリフレーミング(その4)

                                     

プロ野球のピッチャーが「あなたにとっての理想の試合とは何ですか?」と聞かれた時に、「27人を3球三振で仕留めることです」とか、「27人をそれぞれ1球で打たせて取ることです」という回答が返ってくると思いますが、

これをコンサルタントの場合で考えて「あなたにとっての理想のコンサルテーションって何ですか?」と聞かれた時の答えは、「禅問答1つで人の認識や行動に変化を起こすことです」みたいになるのだろうなと思うわけですねぇ。()

まぁ、私の場合は禅問答=エリクソニアン・ダブルバインドなのだけれど・・・エリクソニアンなロジックを認識論的にきちんとおさえておけばまったく不可能なことでもないよなぁと・・・考えているわけですねぇ。

独り言


今日は、「組織の問題解決のためのリフレーミング(その4)」について書いておきましょう。

二項対立から始めよう

今日は、二項対立から始める理由について少し考えてみましょう。

グレゴリー・ベイトソンは A difference that makes a difference. という言葉で情報を定義したわけですが、人は2つの要素の差異から生まれる1つの違いが生じた場合に始めてこれを情報として認識できるというわけです。もっと正確に言うとこれが1bit として定義されているということになっています。

つまり、人はある意味二項対立のような2つの要素を突き合わせた場合の1つの違いからしか明示的な情報を得ることが出来ないという言い換えのようにも思ってきます。

 例えば、何事について非常に優秀な成績を上げている人が居る、といったような場合は、暗黙のうちに平均的な成績のような基準を設けて比較を行なっていることになるでしょう。

 もちろん、ベイトソンの構成主義的な世界観からすると、単に物理的な世界に存在する無生物の世界、つまりベイトソンがプレローマといっただけを考えるのではなく、自己の投影としての外的世界と世界の投影としての自己の2つの世界の循環、つまりプレローマとクレアトーラのつながり、また人と人との関係というようにクレアトゥーラとクレアトゥーラのつながりを考える必要があるでしょう。[1]

 つまりは、物理学的な法則で動いいている外的世界と認識論的な法則で動いている内的な世界の両方を考える必要があるという具合だというわけです。
 
つまり、外的なプレローマな世界では基本的に物理学的な法則に沿ってないことは起こることはないわけですが、ここで何かジレンマを伴った問題として誰かに認識されているとすると、その人にとって、それをどのような枠組みで捉えているのか?あるいはどのような信念・価値観、あるいは基準、ルールで見ているのか?というまさにものごとを捉える認識のやり方に問題があるということになってくるわけです。

 但し、普通の人は一度身につけたこの枠組みや行動というのを中々変えることが出来ないということがあります。 

もちろん、それは現在当たり前だと考えている常識がある意味認知バイアスになってしまっていて現実を冷静に観察できていない→外的な世界にだけ目が行って認識のどこに問題があるか分からない→常識、前提、枠組みが現実に即していないと気付かない→問題は解決しない・・・・


 となってくるでしょう。

 そこで起きている外的世界の出来事に対して一見関係があると思われる内的世界へ迫る方法が二項対立を使うという方法になってくるわけです。もちろん、以下オートポイエシスの提唱者であるマトゥラーナが行った研究によれば外的出来事が視覚神経にどのように影響を及ぼしているかを測定した結果、直接の因果関係は存在しなかったということが明らかにされています。


 また、これに関連する話ですが、スティーブン・ギリガン博士の「The Legacy of Milton H. Erickson: Selected Papers of Stephen Gilligan[2]の中に以下のような記述がありますが、


 The ideas that paradoxical injunctions create altered states is rooted in the Bateson groups formulation of the double bind hypothesis(Bateson, Jackson, Haley, & Weakland ,1956; Haley ,1963)


 この中で文字通り禅問答のような強制力を伴ったパラドクスの状態になるとMRIベイトソン・グループのダブル・バインドの仮説に基づいて変性意識状態がつくられると書かれているのが面白いところなのでしょう。

つまり、今まで常識だと考えていて半ば無意識の習慣とかしていた認識や行動に変化をもたらすためにも二項対立を明示すればトランス誘導なんて面倒臭いことはやらなくても良いという言い換えのようにも思ってきます。

(つづく)

 文献

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