2012年8月21日火曜日

ミルトン・エリクソンのユーティライゼーション(応用編)


         

カタにハメない、カタにはまらないというのは実は結構難しかったりするわけですが、一見、明らかに間違っていることを使ってこのカタを崩すというのは新しいパターンを身につけるためには必要なことなのでしょう。 もちろん、間違っているということは何らかそれを判断する基準や枠組みがあるわけで、これに気づくきっかけでもあるわけでしょうから・・・・

独り言


今日は、「ミルトン・エリクソンのユーティライゼーション(応用編)」について書いておきましょう。

誤りを尊重することで新しいパターンが生まれる

さて、リフレーミングについての記事が続きましたが、今日は少し趣向を変えて、ミルトン・エリクソンのユーティライゼーションについて書いておきましょう。

心理療法家のミルトン・エリクソンはクライアンの問題解決や認識、行動の変化のために一見不都合な状況でも、一般常識からはかなり外れているクライアントの言動でもとにかく利用したことで知られていますが、これがミルトン・エリクソンの心理療法の一つでもあるユーティライゼーションということになります。

それで、ユーティライゼーションに関する以下のエッセーを読んでいたわけですが、これが結構面白いときています。


一般的にユーティライゼーションは、心理療法のコンテクストにおいてセラピストがクライアントに働きかけることで実行されますが、ここで面白いのは、クライアントとセラピストがおり、その両方をスーパーバイズする人がおり、その人がクライアントもしくはセラピストの両方に並列に働きかける形式でユーティライゼーションを行ったらという形式で例が示されている点でしょう。

 もちろん、このスーパーバイザーを一般的な日本の指導者という形式で捉えると何か強引にカタにハメてしまうようなイメージです。 もちろん、ここでのユーティライゼーションはクライアントとセラピストの一見、理論やカタから外れているやり取りがあったとしてもスーパーバイザーが「その誤りを尊重し」をクライアントの変化とセラピストの学びのためにどのようにユーティライズするのか?は非常に興味がある点でもあります。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/01/9.html

 そう考えるとクライアントとセラピストのやり取りの中から当初予想だにしなかった新し関係性が生み出されたりすることになるわけで、これを創発と呼ぶのかセレンディピティと呼ぶのかはおいておいて、これをどのようにスーパーバイズしたものか?と考えると興味の尽きないところでもあるわけです。

(つづく)

文献
N/A  

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com


0 件のコメント:

コメントを投稿