2012年8月23日木曜日

リフレーミングの「意図」について考える

         

一般的な常識という枠組みから見て、良くない行為、言動があったとします。 

もちろん、この相手や第三者は、この人に、単純に良くないと注意をすることもできますが、とりあえず「その人なりに、よかれと思ってやった」という想定の元に、「よかれと思った意図」を明示し、これを認めるのが意図のリフレーミングというわけです。

 もちろんこの意図が分かれば同じ意図を満たす別の手段を考えることも割りと良いだというわけです。

独り言


今日は、「リフレーミングの『意図』について考える」について書いておきましょう。

リフレーミングで活用する「意図」について考える

 今日は、家族療法の概念であるリフレーミングについて少し書いておきましょう。

 はじめに、ここでの主題は2つあります。
一つは、「肯定的意図とは何か?」、そしてもう一つは「肯定的意図を探る目的は何か?」です。 

 もちろん、ここで「肯定的意図とは何?」と思った読者の方もいらっしゃるでしょうから、まずこのことを定義しておきましょう。 

一般意味論のアルフレッド・コージブスキーによれば「地図はそれが示す領土と同じではない」いうことがありますが、これは事実と言葉(言葉による推論、解釈)は同じではないということがあります。


 もっとも、構成主義的に考えると事実(の経験)と言葉(言葉による推論、解釈)の間には因果関係はなく、事実は認識主体によって如何様にでも解釈することができる、つまり事実に対する解釈は変えることが出来るということになってきます。

 さて、以下の引用について考えてみましょう。

Virginia Satir originated a slightly different meaning of the phrase positive intention. She believed that digging deeply into a client's dysfunctional or damaging behaviour should find that the client is trying to achieve a positive intent through undesirable behaviour, unconsciously ineptly and harmfully, and that the dysfunction could often be helped by finding other ways to honor that positive intention. [1]

 Wikipediaによれば、「肯定的意図」とは、家族療法家であるヴァージニア・サティアからもたらされた概念であることが指摘されています。

  サティアは、クライアントが、(自分や相手を傷付けるといったような)一般的によくない行為(あるいは機能不全)を行なっていたとしても、この行為の中にクライアントが意識するしないにかかわらず、その行為の前提として、クライアント視点からの良い意図(肯定的意図)が隠されているとする信念を持っていました。 そして、この行為とは別の方法でこの肯定的意図を満たす方法を探ることで、よくない行為をやめるなどの助けになることが指摘されています。

  これは、肯定的意図とは、何らかよくない行為、振舞いがあった場合、世間の常識からみてそれがどんなによくないことであったとしても、その背景にはそれを「よかれと思ってやっている」その「よかれと思う」その思いが「肯定的意図」であり、この肯定的意図を明らかにしていくことが、現在よくないと思われている行為を改善する鍵になるという指摘です。つまり良くない行為は単なる手段であり、よかれと思っているベイトソンの言うより高次の論理階型にある目的があり、それが分かれば、その下位にある同じ目的を持つ別の手段を探すことはそれほど難しいことではないということになってくるわけです。

  実際の応用例について考えると、家族療法やミルトン・エリクソンから派生したブリーフ・セラピーをベースにしたコーチングなどにもこの考え方が取り入れられています。 

例えば、良くない言動を変えてもらうために、クライアントが良くない言動を行った時のことを考えもらい、例えば、「その行為はよかれと思って行ったのだと思いますが、そのよかれという考え方は具体的にはどのようなものですか?」というような「肯定的意図」を探っていくような質問があります。

 この場合、

Chunk up to identify the positive intention.[2]

上の例文のように、一般的には良くないと判断できる典型的な行為、言動について、帰納的に共通項を見つけていくアプローチを取る方法も示されています。 具体的には、「行為A、行為B、行為Cに共通する肯定的な意図は何ですか?」と尋ねて肯定的な意図を探る方法です。

 繰り返しになりますが、良くない行為は単なる手段であり、よかれと思ってそれをやっている意図、あるいは目的があり、それが分かれば、その下位にある同じ目的を持つ別の手段を探すことはそれほど難しいことではないということになってくるわけです。

(つづく)

文献

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