2012年9月24日月曜日

プレローマとクレアトゥーラの結ばれあうパターン


                                     

マンマシン・インタフェースみたいなことを考えると人と機械って単純な二元論で分けている発想を使っている時点でダメのような気がしますねぇ(笑)。
独り言


今日は、「プレローマとクレアトゥーラの結ばれあうパターン」について書いておきましょう。

 生物と無生物の結ばれあうパターン

今日は手短に。

どの書籍だったかは忘れたけれど、グレゴリー・ベイトソンが木を斧を使って切る木こりというようなシステムを考えた場合、この精神がどこにあるのか?考えた。

もちろん、デカルトの心身二元論や唯脳論で考えると、木こりに脳があって、これ以外のどこに精神があるのか?というような考え方になる。

これに反してベイトソンは木と斧と木こりというシステム全体にも精神があると考えたわけである・・・・

それで、こういった他愛もないことを考えながら Google 先生に尋ねて出てきたUCバークレーげな人が書いたエッセーが以下。

この中で、プレローマつまり無生物とクレアトゥーラつまり生物の結ばれあうパターンを考えましょうというような形式になっているのだけれども、比喩的に言うと要は F1ドライバーとF1カーの人車一体みたいなシステムを考えこのシステムの精神がどこにあるのだろうか?のような、普通の人からすれば、「おまえは一体何をいっているのだ?」というような内容になっているわけだけれど、個人的にはこのちょっと変態的なシステム思考がちょっとたまらない状態になっているわけです。


(つづく)

 文献
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