2012年10月3日水曜日

グレゴリー・ベイトソン:地図と領土のはなし


                                     

Korzybski was, on the whole, speaking as a philosopher, attempting to persuade people to discipline their manner of thinking. But he could not win. When we come to apply his dictum to the natural history of human mental process, the matter is not so simple.

コージブスキーは、哲学者としての立場から、人間の思考に規律を持たせたいと願って、あの言葉(地図は領土ではない)を述べたものと思われる。しかしそれは成功することのない企てである。彼の言葉を、人間の精神過程の自然史という視点から見ると、事情はさほど単純ではないのだ。

G.ベイトソン「精神と自然」
 
独り言


今日は、「グレゴリー・ベイトソン:地図と領土のはなし」について書いておきましょう。

 地図と領土の区别と、新しい関係性の発見というのはとても重要ですねぇ。

今日は手短に。

以下のリンクで書いたように、ミルトン・エリクソンから派生した短期・戦略・システム療法における一般意味論でいうところ「地図と領土」の間に隙間を開き、心理療法のプロセスとして一旦、地図と領土の間に切れ目を入れ、地図と領土の関係性は認識主体が選んでいるということに気づくということは非常に重要です。もちろん、「地図はそれが示す領土と同じではない。(The Map is not the Territory.)」はアルフレッド・コージブスキーの著作「Science and Sanity(1933)」からベイトソンが援用した概念です・・・

もちろん、領土と地図というのは、認識主体の認識している、事実と解釈、事実と気持、事実と意味などの関係性に還元することが可能です。


 それで、以下のエッセーということになるのですが、地図と領土はベイトソンの言う、外的な物理的な無生物の世界、つまりプレローマと生きている認識主体の中で起こっている認識であるクレアトゥーラとの関係ということになるわけですが、この関係性の間にどんな議論の余地があるのか、非常によくまとまっているエッセーとなります。


(つづく)

 文献
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