2012年11月28日水曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編20)願いが叶う、絵馬と二重記述

                               

 最近、個人情報保護法案施行のために、絵馬に情報保護シールが用意されている神社があるようです・・・・

個人的にはこのようなニュースから、「一体誰に見られることを防ぐのだろう?」逆に「人に見られることは、目標達成、あるいは目標維持に役にたっていないのだろうか?」という具合に絵馬を取り巻く視点の相互作用を考えるきっかけとなりました。

それで、「質の良い目標設定」つまり、「願掛け」は、1)自分の視点 2)相手の視点 3)メタ視点、の3方向から目標が成就されたところをありありとイメージし、それぞれのイメージが調和したところで、その経験のイメージを「学業成就」とか「商売繁盛」とか「家内安全」と記号化し、その未来先取りの経験を絵馬に記号としてクリッピングすることが、なりより重要だ、と個人的には考えているところがあります。

その意味では、「質の良い目標設定」とは、絵馬に目標を書くという行為より、そこに至るまでに何をイメージしたか?というプロセスのほうがより重要だと考えています。

結論を急ぎますが、「目標の設定と達成」認知科学やサイバネティックスなどの視点から真面目に考えたとします。個人的には、ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンなどを使ってセッションを行い、そして、神社の絵馬に願いを書けば、この願いが成就する確率は高まると考えています。

もちろん、願をかけた本人はその目標の成就を目指して、今ココの瞬間から、うまくいっている例外を DO MORE することを求められることになります。つまり、ちょっと物騒ですが、「関係性」で記述された目標を追尾して、どこまでも追いかけるミサイルのような条件付けを上手に設定し、その目標に近づくため行動の継続が習慣化される必要があります。

それで、ここでのオチである「情報保護シールは目標達成を妨げるのか?」に対する個人的な答えですが、「三方良し」の視点で目標が成就された場面をありありとイメージして絵馬に何か書くというプロセスが重要ですので、これを情報保護シールで隠す、隠さない、ということは、目標達成の点からは、あまり関係ないということになってくると思います。(笑)

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編20)願いが叶う、絵馬と二重記述」について書いておきましょう。

二重記述/多重記述のご利益

 人類学者グレゴリー・ベイトソンの唱えた「二重記述・多重記述」[1]についてUCバークレーげな人が書いた論文を読むと、個人的には面白いなと思うのですが、「これが日常生活や仕事の場面で一体何の役に立つのだろう?」と思う方も多いでしょう。 もちろん、「二重記述・多重記述」の概念は色々なところに応用可能だと考えています。

それで、「具体的にはどのようにして活用したら良いの?」の声にお答えして、今日は、お正月や受験シーズンを迎えるにあたって、目標設定としての「絵馬の書き方」にこの「二重記述・多重記述」を応用した場合のことについて書いておきましょう。

 また、ここで実際に使っているのは、ソリューション・フォーカスト・アプローチのミラクル・クエスチョンを使ったプロセスです。


絵馬に合格祈願を書く前に・・・

 それで、ここで取り上げる例の状況設定としては、「あなたが受験生でどこかの学校を受験するというような設定でやってみましょう。」あるいは、「あなたが先生で、生徒のコーチングを行う」という場面を想定しています。

 具体的に学生が問題と思っていることは、「第一志望の学校には模試から判断して難しい、理科系は得意だけれど、英語が苦手だ、でも第一志望を目指して頑張りたい」ということにしましょう。

 それで、ミラクル・クエスチョンを聞いてイメージしている奇跡の場面について少し書いておきましょう。



自分の視点からの奇跡:

自分の視点から自分を観察して:
合格掲示板に自分の受験番号が書かれているのが見える。周りの人に胴上げされて宙を舞っている。「気持が良い」そう言えば、テストの時も落ち着いて問題がきちんと解けた確信があったことを思い出した。

自分の視点から相手(他の人)を観察して:
友達がニコニコしながら近づいてきた。「おめでとう」と言ってくれた。担任に報告に行ったら「よく頑張ったな」と褒めてくれた。・・・・・両親が赤飯を炊いて祝ってくれた。


相手の視点からの奇跡:

先生の視点から自分を観察して:
最初は、第一志望の学校には合格しないと思っていたけど、試験近くになってからの伸びと集中力がすごかった、後半グーンと伸びたような感じがする。とにかく嬉しい。

両親の視点から自分を観察して:
何かを達成できたというのはいいことだ、誇りに思っている。入学してからもこの調子で頑張って欲しい。


メタの視点からの奇跡:

ここでは、一般意味論の報告文の形式を使います。視点として、宗教がからない程度に「神の視点」と考えても良いですし、人ごとの視点として「吾輩は猫である」の視点で観察しても良いと思います。

      主語を「私は」にする
    時制は「過去形」にする
    ビデオ映像で示せるように、行動の言葉で記述する
    形容詞、形容動詞を使わない

一例として合格発表の場面をメタの視点から記述:
吾輩は猫である、吾輩は、人間どもが通う、◯◯学校の校庭に設置されている掲示板に合格発表というものが貼りだされているのを見た。人間の通う学校というものは試験というのがあり、それに合格したものだけが入学を許されるのだ。吾輩は、ひとりの受験生(自分)がその掲示板に近づき、それを眺め、自分の受験番号を発見し、ガッツポーズをするのを見た。そして、あたりには同じようなポーズをしているものもいれば、肩を落として立ち去るものもいた。そして、吾輩は、男が胴上げされるのを眺めていた。そのあたりから歓声と拍手が聞こえていた。

一例として先生と生徒のやり取りの場面をメタの視点から記述:
吾輩は、その学生が担任と話しているのを見た。何やら、その学生は第一志望の学校に合格し、その担任に報告にやってきたのだった。吾輩は聞き耳をたてた、その担任は、「最初はダメかと思ったけれど、後半の伸びがすごかったなぁ、よく頑張ったな」と声をかけていた。学生は、「先生のおかげです、ありがとうござました」と言って深々と頭を下げていた。


それで、上の3つの視点それぞれから合格の場面を眺め、それぞれの立場からの身体感覚や気持を統合し、未来の経験を先取りして「学業成就」と簡潔な名詞にして絵馬に書き込むことになります。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html


 このプロセスを説明すると、イメージ的には、夏目漱石の草枕にある一節「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」をもっと建設的に利用した形式になります。つまり、メタの視点からとにかく冷静に事態を眺めた「」、相手や出来事に対して起こる「」、そして、自分自身が目標を達成することにコミットメントした「」それぞれがバランスした状態のスナップショットを当面の目標として設定したことになります。

 ここで思い出すのは、グレゴリー・ベイトソンの言った情報の定義である「A difference that makes a difference.」(違いが生み出す違い)、つまり、いくつかの視点から観察した場面を記述した違いにより情報が生まれることになります。また、一般意味論の創始者アルフレッド・コージブスキーが言った「The map is not the territory.」(地図はそれが示す土地にあらず)、つまり、言葉とモノは違う、事実と解釈は違う、客観と主観は違う、ということになります。ここでは、メタ視点(客観)と自分や相手の視点(客観)と比較することで、「地図と土地の区別をつける」ことを行なっています。

それで、これでひとまず目標設定は終了ということになりますが、もちろんオカルトではありませんから、これだけで「学業成就」というわけにはいきません。

それで、ソリューション・フォーカスト・アプローチを取るのであれば、この後、この奇跡に近づくための今ココの場面で起こっている奇跡の一部、例えば「英語が苦手なのだけれど、文法は得意とか単語を覚えるのは得意」のようなほんの少しの例外をみつけ、それをどのように DO MORE するのか?具体的なタスクに落とし、習慣に落としていく方策を考えていくことになります。

もちろん、ここでは、エクセプション・クエスチョン、スケーリング・クエスチョン、コーピング・クエスチョンなどを活用しながらセッションが進められることになります。

また、折にふれて、絵馬に書いた「学業成就」というキーワードを思い浮かべ、それぞれの視点からの経験を思い出し、この奇跡のイメージに向かって、その実現に近づく行動を継続する必要があります。

 それで、これがグレゴリー・ベイトソンの「二重記述、多重記述」を活用した目標設定の方法ということになってきます。

 余談ですが、小説を書こうと思った場合、今日ご紹介した視点を書き分ける必要がありますねぇ。(笑)あるいは、自分と相手の立場では、映画俳優になったつもりでゴールが達成された時のことを演じてみる、そしてメタは黒澤明監督にでもなったつもりでその場面の撮ってみるという感じですねぇ・・・・要は「経験の先取り」というのはこういったことですからねぇ・・・・・
 
(つづく)

 文献

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