2012年12月19日水曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス技法(番外編33)問題のフレーム・アップ

                                  

 五感で認識できる、問題の症状は、問題解決の単なる入り口でしかありませんねぇ・・・・(笑)。

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス技法(番外編33)問題のフレーム・アップ」について書いておきましょう。

症状は、問題そのものではない

 ミルトン・エリクソンの心理療法もMRIもソリューション・フォーカスト・アプローチも、はたまたビジネス上の問題解決もおそらくは問題のフレーム・アップから始まるように思いますが、今日はこれについて少し書いておきましょう。

 問題のフレーム・アップを簡単に言うと、「何が問題/課題ですか?」あるいは「どんなことで困っていますか?」というように問題が何か?ということをさらりと記述してもらうこと、ということになります。もちろん、ここでは「さらり」というのが重要でここでいきなり深掘りしてはいけません。

 けっして言葉遊びではないのですが、「つかみどころがない」問題から、すくなくとも仮にですが「つかむところを確保する」というプロセスがここにあたることになります。

 それで、ここで注意する必要があるのは、普通の人が「課題」や「問題」といった場合、単純に「五感で知覚できる」あるいは「出来事に対する気持」自体が問題と同意だと思っていることです。

裏を返すと、英語のことわざで「Out of mind out of sight .」日本語で「去る者日々に疎し」というように少し異なるニュアンスで翻訳されていますが、要は「見えなければ忘れる」、つまりは認識主体の五感で知覚できている現象や症状が無ければ問題はない、逆にいうと問題の多くは五感で知覚できる症状から始まる、というような実は深いところに入ってきます。

 さて、一般意味論を創始したアルフレッド・コージブスキーの「地図はそれが示す土地そのものではない」といったわけですが「問題と認識されていることは問題と同じものではない」もっというと「症状は問題の原因と同じではない」という構図が当てはまることになります。

·        問題がベイトソンの言うプレローマ(無生物)の世界で起きている場合

 それで、このあたりから非常にややこしいところに入ってくるわけですが、この問題が物理的な機械の故障のような場合を考えてみましょう。この場合は問題が認識主体とは完全に切り離されて外在化されており、かつ、対象が無生物なため「なぜ、上手く動作しないのだろう?」という「なぜ?」を問い詰める質問をしても相手から「うるせぇ、ばか」と言われる心配をすることなく問題解決のプロセス、特に原因分析のプロセスを実行することができます(笑)。


この場合は、原因分析のアプローチを行なって、その症状の原因を消すことで対処を行ったほうが上手くいくと思います。ここで仮定されているのは直線的な因果関係で、その症状を引き起こしている十分条件としての原因を消せば必然的に症状はなくなるという考え方で対処できるでしょう。

 もちろん、ここで注意することは五感で認識できているのはその問題の症状だけですから、症状の背景にある、もっと大きなループの連鎖として起こっている原因を見る必要があります。逆の言い方をすると、この大きなループを見ないで症状を消すことだけに注力してしまうと非常に局所的な問題解決、つまりは「もぐらたたき」になってしまう恐れがあります。一般的に、五感で認識できる問題の症状から、このより大きなループの連鎖を見ることがシステム思考と呼ばれている思考となります。

 また、ここで面白いのはこの場合の問題解決は問題のフレーム・アップから始めたわけですが、問題のスコープはより大きなところにあり、もっと大きなループの連鎖というところから解決しないといけないという示唆にもなってきます。

·        問題がベイトソンの言うクレアトゥーラ(生命)と関係している場合

 この場合、問題の原因分析を行い、原因を消すことが問題解決にならないことが多いです。

 例えば以下のような例を考えてみましょう。「雨が降ると、いつも憂鬱な気分になる」。

もちろん、この場合、この認識主体の認識の中では、「憂鬱な気分の原因は雨が降ったからだ」、という因果関係が成り立っていることになります。あくまでも認識主体の中での因果関係というのがここでのポイントです。

それで、主体のゴールは「雨が降っても、いつもと同じ気持でいられる」ということになってくるのでしょうけれども、真面目に因果関係をひっくり返した解決策を考えると「憂鬱な気分にならないためには雨が降らなければ良い」ということになるわけですが、実際にそのようなことが不可能なのはどなたにでも分かる話でしょう。

 ここでの例は、人間の認識に関連した問題についての非常に簡単な例ですが、ここから分かるのは、外的世界の出来事と認識主体の認識やそこから起こる気持の間には実は因果関係は存在していないこと。また、上のように「雨が降らなければ良い」のように認識の中でのみ成り立つ因果関係をひっくり返しても解決策にはならないこと、あるいは実行不可能な解決策が出てきてしまうこと、があげられるでしょう。

 もちろん、結論を急ぐとこのような場合にこそエリクソニアン・アプローチやMRIやソリューション・フォーカスト・アプローチを使って認識の中でのみ成り立つ因果関係を変えてしまいましょうということになるでしょう。

 もっとも、ビジネス上のコンサルティングなどのオチとしては上の無生物の世界での問題解決と生物の世界での問題解決がごっちゃになった問題を解かなければいけないことが多いので結構大変ということになってくるのでしょうけれども・・・・・例えば、機械の故障は直ったけれど、担当者の怒りは収まらないとか・・・・・

そう考えると以下のリンクで書いたベイトソンの言った「世の中の主たる問題は、自然の摂理と人の思考の差異によって生じる結果である。」に戻ってくるように思ってきます。



もちろん、今日の話題は問題のフレーム・アップということだったわけですが、これはつかみどころのない問題をとにかくつかむという程度に考えておけば良いのだろうなというのが今日の結論というわけです。

(つづく)

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