2012年12月24日月曜日

リフレーミングについての考察(その3)

                                  

 リフレーミングも個人的な経験からつくられてフレームだけを扱えば良いというわけでもないので、結構めんどうくさいのだよねぇ。(笑)個人の経験した扱えない普通のコーチングが企業で機能しない理由は案外このあたりにありそうなのですけれどねぇ。

独り言


今日は、「リフレーミングについての考察(その3)」について書いておきましょう。

リフレーミングされるフレームは色々あるなぁ

 リフレーミングというと家族療法などで使われている心理療法のリフレーミングを思い出してしまうところがあるわけです。[1][2]しかし、人は何らかの枠組、つまりフレームの元で物事を知覚・認識しているわけですが、ここにはもう少し社会学的な次元というものがあるのではないか?とも思ってきます。タルコット・パーソンズとかニクラス・ルーマン[3]とか・・・

 もちろん、なぜこういったことを考える必要があるかというと、認識主体として、ある個人を想定した場合、フレームというのは個人的な経験だけではなく、社会とか会社とか世間とか・・・・難しい言い方をすると社会システムから影響を受けているのだろうなという直観めいたものがあるからです。

 逆の言い方をすると、問題解決のために最初の問題のフレーミングを行う場合、それが個人やごく親しい友人とかの間で閉じていれば個人の経験や人の関係性だけの介入でなんとかなりそうな気がするわけですが、会社で新しい企画を考えるとか、SNSで人を巻き込んで新しいことを考えるとか、政治経済の行く末を加味して企業戦略を考えるとか・・・・といった場合もう少し大きなフレームについて考える必要があると思っているからです。

 それで基本は企業のマネージャが何か施策を考えるような場合、個々の人が持つフレームを含め 1) (個人が持っている)構造的なフレーム 2)人事制度上のフレーム 3)政治的なフレーム 4)人類学、社会学上のシンボリックなフレームの4つを捉えこれを活用する必要があることが指摘されています。[4]

 もちろん、ともするとこういったフレームはなんらか制限をかける明示的、暗黙的なルールから始めってはたまた雰囲気というようなところまで入ってくると思うわけで、ともすると鳥かごの中に囚われているような状態になってしまうと思います。

もちろん、ここでは単純にルールを破れというつもりはないのですが、ルールなり文化なりの意図を理解してそれを有効活用する方法を考えることが良いマネジメントの条件のようにも思ってきます。まぁ、口でいうほど簡単ではないのでしょうが・・・・

(つづく)

 文献

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