2012年12月8日土曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編29)NLPのメタ・モデルはなぜ機能しないのか?―その1

                         

心理療法の言語パターンを考えると、個人的には、統語論、意味論、語用論の少なくとも3つの視点からメタ記述しないと危なっかしくて使えないなぁと思っています。もっとも、普通にネオ・エリクソニアンとかMRIとかSFAをやっていれば、このあたりはあんまり気にしないで良い話なのかもしれないですけれどねぇ・・・(笑)

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編29)NLPのメタ・モデルはなぜ機能しないのか?―その1」について書いておきましょう。

構造主義から構成主義へ

 ソリューション・フォーカスト・アプローチの創始者の一人のスティーブ・ド・シェザーの著作「解決志向の言語学」で、はじめに、NLP(神経言語プログラミング)の元になった言語のメタ・モデルがなぜ機能しないのか?つまり表層構造である発話された言葉から深層構造を回復するような方向で、この言語パターンを使うのは、実はあまり意味がないのでは?という直観にも似た考察で始められていました。


この指摘は「なぜ、ソリューション・トークをしないとクライアントの認識や行動は変化しないのか?」の言い換えのようにも思えてきます。

それで、このあたりのことは、人の認識や行動が変化することについて物凄く重要な本質の部分でもあるので、これについて書いておきましょう。もちろん、気がつけばソリューション・フォーカスト・アプローチについても2ヶ月近く記事を書いているわけであり、このことも書き始めると案外長いテーマになってくるように思ってきます。

ここでは、とりあえず、NLP(神経言語プログラミング)に悪役レスラー役になってもらって話を進めることにしましょう。この理由は、単純に言語のメタ・モデル、ミルトン・モデルが3人のセラピストの言語パターンが構造主義的に取り出されているからです。余談ですが、ネットには、NLPは最新の心理学などのキャッチ・コピーが踊っていたりしますが、実は単なる理論のないモデルで心理学でもないですし、体系化に使った時のツールや方法論は今となっては案外古臭くてダサいです。(笑)

もちろん、この悪役レスラーは、ある意味物凄く適任のようにも思えるのですが、この中で提供されている、言語のメタ・モデル、やミルトン・モデルだけを使ってクライアントとおしゃべりしてもなぜクライアントの認識や行動がMRIのウォツラウィックの言う二次的変化を起こさないのか?を考えると、実は、とても深淵な世界に行き着くように思ってきます。


 これについては、おいおい説明していきますが、ソリューション・フォーカスト・アプローチの原則でもある「解決策は必ずしも問題と関係しているとは限らない」を参考に、NLPが変形生成文法を使い構造主義的にパールズ、サティア、エリクソンの言語パターンを分析し、その言語パターン活用の方向性としてパールズ、サティアは表層から深層を回復する方向で使い、エリクソンは意図的に深層構造を投げる方法に何が足りないのか?を考えてみると面白いと思います。

 ヒントは、表層構造の言語と深層構造の身体感覚や意味との間には因果関係は存在しないです。

心理療法家のミルトン・エリクソンは暗黙知の海

さて、心理療法家のミルトン・エリクソンから派生した心理療法の流派については以下で書きました。


エリクソンは自信の心理療法の技法を形式知やフレームワークとして残すことをせず、自分のデッドコピーを推奨しなかったために、エリクソンの死後、エリクソンの末裔を名乗る心理療法の流派が有象無象のように出現することになります。

 もちろん、エリクソンの暗黙知を暗黙知として学ぼうとするネオ・エリクソニアンのような流派もあれば、とりあえず、その時代流行している形而上学やシステム論、認知科学の手法を使ってエリクソンの暗黙知を形式知化しようと考えたMRI(Mental Research Institute)などの流派があることになります。

 それで、エリクソン関係の言語パターンの話をしましょう。一般意味論によれば、セラピストの言語パターンなどをモデル化する場合には、統語論(Syntax)意味論(Semantics)語用論の視点で考えることが推奨されていたことを思い出します。

 それで、主にエリクソンが活用したコミュニケーションのパターンについては、MRIがプラグマティズム、つまり語用論の点から体系化を行なっており、NLPのグリンダー&バンドラーが1970年代当時、初期の変形生成を活用して統語論の視点からパールズ、サティア、エリクソンの言語パターンを体系化したということになります。

 もちろんここで単純に意味論といきたいところですが、認知言語学のレイコフ&ジョンソンの初期の著作Metaphors we live by[1]が登場したのが、エリクソンが亡くなったのと同じ年の1980年ですので、ミルトン・エリクソンの活用したメタファーを認知言語学の視点で解析しフレームワークとして取り出してきた言語パターンはあまり多くなく、どちらかというと一般意味論の何らかの概念にマッピングされているような形式になっています。

 また、上のように書くと、何か形而上学や認知科学が発展するのと併せて、ミルトン・エリクソンの謎がどんどん解明されているような雰囲気になってきますが、これをメタファーで表現すると、あくまでもエリクソンという大海の水をどれだけ上手く精錬してミネラルの入った塩を取り出せるのか?という試みのようなところがこれに当たることになります。逆に言うと、どれだけミネラルを含んだ塩を水に溶かしても決して海にならないのと同じで、エリクソンはエリクソンで科学的なフレームワークを当てて形式知化しても、いつも謎の部分は残っているという具合になっています。 

(つづく)

 文献

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