2012年12月11日火曜日

今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編29)NLPのメタ・モデルはなぜ機能しないのか?―その4

                                 

 心理療法家のミルトン・エリクソンの心理療法の技法の本質を短く表現するとどうなるのか?
    クライアントのことを心から尊敬し、そして信頼していることを表明する
    クライアントに、状況に併せて行動を変化させる能力があることを告げる
    クライアントに、意味深な、そして行動課題を含む「なぞかけ」を出す
    クライアントのことを心から尊敬し、そして信頼し、変化が起こるのを待つ
    そして、クライアントの認識や行動に変化が起こる・・・・

  非常にざっくりとだけれど、エリクソンがやっているのは、いつもこれだけ・・・・ちなみにグレゴリー・ベイトソンがこれをやるとなぜか、「なぞかけ」の部分が「禅問答」に変わっている・・・でもやっていることは同じ・・・・(笑)。

 独り言


今日は、「今日から使えるソリューション・フォーカス(番外編29)NLPのメタ・モデルはなぜ機能しないのか?―その4」について書いておきましょう。

ミルトン・モデルはエリクソンの言語パターンを統語の視点からだけ見たもの

 NLP(神経言語プログラミング)にミルトン・モデルというのがあります。しょっぼいですけれど(笑)[1]
それで、メタ・モデルとの対比でこのミルトン・モデルのうち主要なものを、一般意味論の構造微分のモデルに沿って示すと以下の表のような形式になります。[2]


  
 このモデルは、ミルトン・エリクソンが発話した言語パターンを1970年代初期に活用されていたかなり古いバージョン変形生成文法で取り出したような格好になっていますので、単にエリクソンの言語パターンを統語論で見たらどうなるのか?という視点だけで取り出されています。つまり構造主義的な構造だけしか取り出されていない、ということになります。もっと言うと、この根底にあるのは、構造直線的な因果関係のみ・・・です。

http://ori-japan.blogspot.jp/2012/02/blog-post_29.html

 これを音楽のメタファーで説明してみましょう。音楽はリズム、メロディ、ハーモニーそして動的関係性からなります。


 もちろん、これは要素還元主義的な考え方で一つの実体である音楽を便宜的にいくつかの視点から説明しただけということになります。それで、音楽は楽譜と同じではないわけですが、実際の演奏を楽譜に取ろうと考えると、リズム、メロディ、ハーモニー、それぞれの視点から要素還元主義的に表現することになります。それで、ミルトン・モデルとは何ということをメタファーで説明すると、音楽からハーモニー、つまりどういったコードが使われているのか?コード進行だけを取り出したようなものであると考えることが出来るでしょう。

 ミルトン・エリクソンの場合は、クライアントとの相互作用を重視したコラボレイティブ・アプローチであり、Jazz でいうインタープレイ+インプロビゼーションを行なっていたわけですから、楽譜はあくまでも演奏の結果でしかないということは頭に入れておく必要があるでしょう。つまり、一般意味論のコージブスキー的に表現すれば、「地図はそれが示す土地にあらず」ではないのですが、「楽譜はそれが示す音楽にあらず」ということになってきます。


 それで、余談ですが、個人的にはミルトン・エリクソンの言語パターンを観察するためには、一般意味論やMRIの研究者が主張しているように統語論、意味論、語用論の少なくとも三点から観察する必要があると考えている次第です。もちろん、これまたメタファーなのですが、この三つがそろって音楽のリズム、メロディ、ハーモニーが楽譜として取り出せるというレベルにはなってくると思います。もちろん、あくまでもこれはエリクソンが演奏した楽譜が取り出せるだけであり、エリクソンと同じインプロビゼーションを伴う演奏が出来ることを保証されているわけではありませんし、楽譜が音楽というわけでもありません。

ミルトン・モデルは何も語らない、エリクソンがメタファーを使ったこと以外

さて、上に示した表ではこのミルトン・モデルを一般意味論の構造微分に即して示した格好にしましたが、ここで分かるのは実は次の2つだけということになります。

·        ミルトン・エリクソンはいつもメタファーを話している。
·        そのメタファーは知覚、思考、思考の枠組、それぞれもしくはそのいくつかに働きかけているようだ。

 それで、NLPの人は何かミルトン・モデルというのを過大評価する傾向にあるように思いますが、ミルトン・エリクソンの言語パターンを統語論の視点から見ているだけですし、外堀のほんの少しが埋まっただけということになります。

 つまり、結局分かるのは、ミルトン・エリクソンはクライアントにいつもメタファーを話していた。逆にいうとクライアントにはメタファーしか話していない。エリクソンが話していたのは、すべてはメタファーである、ということになってきます。

 ここでエリクソンが話したメタファーについて少し考えてみましょう。ここではメタファーをホモモルフィック(Homomorphic )なメタファーとアイソモルフィック(Isomorphic)なメタファーの2つに分類して考えてみましょう。[3]

 何か難しい用語が出てきたような感じがしますが、ホモモルフィックなメタファーは共通する2つの要素の非常に表層的な構造、つまり見たままの関係性を示したメタファーです。例えば、「あの子のほっぺは、林檎のように赤い」というようなメタファー。一方アイソモルフィックなメタファーの場合は、例えば、ベイトソンが言った「人間は草である」。つまり落語のなぞかけのようなもので、「人間とかけて草と解く、その心は?」というように一般的には表層だけを考えてもその関係性がよくわからないようなメタファーということになっているわけです。

 それで、結論を急ぎますが、ミルトン・エリクソンがクライアントに語っていたことを敢えて分類すると、このアイソモルフィックなメタファーです。つまり、エリクソンはクライアントを信用し、「私はあなたが素晴らしい人であると思っている」、「私はあなたが変化できると信じている」、「私はあなたが解決できると信じている」と示唆しながら、Jazzの即興演奏のような形式で、クライアントとの相互作用において、いつも「なぞかけ」を出していることしかやっていないということになってきます。

 例えば、クライアントの思い描く将来の理想のゴールに対して、今ココにある、資源・資質をどう利用しよう、あるいはオーガナイズしようと考えるか?もちろん、そのゴールと資源・資質の間の関係性は単なるメタファーでしかありません。過去の延長で、「このくらいはできそうだ」と考え、資源とゴールの間の関係を考えるか?あるいは、「いままでやってことのないことをやってみようと」と考えて創発的なゴールを目指すのか?ゴールと資源・資質。ゴールに対しての日々の行動、その間にある関係性は単なる認識上のメタファーで表現できる関係性でしかない・・・・とエリクソンは教えてくれているように思ってきます。

 これが分かってくると、エリクソニアンであるスティーブ・ランクトンはどのようなことに気づいたのか?


 結局、エリクソンがやっているのは壮大な「なぞかけ」でしかない・・・・というところになってきます。

 もちろん、ベイトソンもそのことはとっくにお見通しであり、ミルトン・エリクソンがある状況にアイソモルフィックなメタファーをパターンとして持ち込んで別のパターンを創発させていたいたことを知っていたということになります。


それで、この試験に合格しないとエリクソニアンなどと名乗れないということもわかってきます。

 それで、全体の枠組が分かってきたところで、もう少し詳細にメタファーについてかなんが得てみた場合は、上のことを頭においた上で、レイコフ&ジョンソンのメタファー理論による意味論でミルトン・エリクソンの言語パターンを見てみるのも良いですし、メタファーが知覚にどう働きかけているのか?についてUSCのナラヤナン教授の論文でも読んでみると良いのではないかと考えています。 


逆にいうと、NLPのミルトン・モデルなんていうのを局所最適の視点でちまちまやっていてもあまり仕方がないということになりますかねぇ。(笑)落語でも聞いて「なぞかけ」でも考えていたほうが認識や行動は変化するのかも・・・・とか

余談ですが、最近ナラヤナン教授の話がWSJにのっていたのですが、やっぱりネットばかりやっているとメタ・コミュニケーションが苦手になるようですねぇ。その意味ではたまにはお茶でも酒でも良いので飲みながら対面で話す機会を増やしたほうが良いのでしょうねぇ。[4]

(つづく)

 文献

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