2013年1月31日木曜日

事実と自分の考えを日本語と英語とで二重記述してみる

                               

 事実とそれに対する自分の考えを日本語と、英語それぞれ書いてみて、それぞれの視点を切り替えて比較してみると、それまで気づかなかったことに気づくなぁ~(笑)。

 独り言


今日は、「事実と自分の考えを日本語と英語とで二重記述してみる」について書いておきましょう。

とりあえず日本語と英語で二重記述してみる

 グレゴリー・ベイトソンは、「A difference that makes a difference.」という言葉で情報を定義しました。

 つまり、2つの要素の1つの違いから生まれる情報が1ビットである、と。また、複雑系チックに情報から情報が連鎖的に生まれることを示した言葉でもあります。

 さらに、ベイトソンの提唱した概念に二重記述(Double Description[1]があります。簡単に言うと同じことを2つの視点から記述してみたら何が起こるか?という話になってきますが、問題が起こった時、2つもしくはそれ以上の多重の視点から記述しなさい・・・というような話になってきます。

 実際、ベイトソンの場合は心理療法で、セラピストがクライアントに向き合う視点と、マジックミラー越しにセラピストとクライアントの関係を観察している視点を持つことで心理療法が画期的には発展し始めた、うんぬん、というお話だったように思います。[2]

 それで、これを日常生活にちょっと応用というのが今日の話です。

諸所の事情から、少し長めの英文を書く必要があって、ひとまず構成とロジックを日本語で考えていたわけです。それで、その日本語を英語に翻訳(字面というよりアイディアとか意味を変換といったほうが良いかもしれませんが)していたわけですが・・・・

それで、日本語でロジカルに考えたつもりだったのですが、英語に書き換えてみると、かなり曖昧に考えていたことが分かってくるというわけです。逆にミルトン・エリクソンではないのですが、日本語に含みを持たせて、あえて曖昧なままにしておくのもいいなと考えているようなところがあるわけです。


 おそらく日本語と英語では思考プロセスもちょっと違っていたり、その枠組も違っていたりするので、同じ概念に考えについても、日本語で書き、英語で書き・・・日本語に戻り、また英語で・・・・と繰り返しやっていると、良い意味で最初とは違うところに向かっていくものだなぁA difference that makes a difference.・・・・と感じたところでもあったわけです。

 もっとも、以下で書いたように二重記述を日本語と英語でやらなくても、事実と自分気持や意味をそれぞれ日本語で記述しても同じようなことになるのかもしれませんけれどもねぇ。もちろん、「見たこと」と「聴いたこと」とか「見たこと」と「触ったこと」の二重記述もありですねぇ~あんまりやり過ぎると官能小説みたいになっちゃいますけれどねぇ(笑)。で、A difference that makes a difference.」は色々なところに使えるなぁ・・・と

 

(つづく)

 文献
[2] http://www.amazon.co.jp/dp/4255003572/
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