2013年3月15日金曜日

ミルトン・エリクソン風:メタ言語的とメタ・コミュニケーション的

                                  


 昔テレビの番組で「今のはドッキリです!」というのをやっていたわけですが、ドッキリの看板はある意味ちゃぶ台をヒックリ返すような強力なメタ・メッセージになりえますねぇ。(笑)

もちろん、そのうちドッキリの看板を持って出て行った人が、更にだまされるような演出とか現れて段々際限がなくなってくることになっていたわけですねぇ。強力なメタ・メッセージに対する更に強力なメタ・メッセージを使うみたいな話で・・・・昔の米ソ冷戦軍拡競争みたいな構図がここにあったわけですねぇ。

もちろんこういったことは、日常生活でやったらかなり迷惑な話ですが・・・心理療法家のミルトン・エリクソンの技法ってものすごく単純化して説明すると実はこんな感じで、ありもしない恐怖を感じるというメタ・メッセージを打ち消すさらに強力なメタ・コミュニケーション的なメタ・メッセージを使っているみたいなことになるのですよねぇ。(笑)原因分析なんてやらないので・・・。


 独り言



メタ言語的とメタ・コミュニケーション的は少しややこしい

旅に出て古都にある古風な旅館に泊まったと想像することにしてみましょう。

新月の晩、日本庭園風の庭に出ると女将が「今日は、新月で足元が暗いので、気をつけてください」と声をかけてくれました。あなたは、結構感じの良い女将だなぁと思いました。
・・・・・・・・・・・・・・
その後、歓楽街に繰り出すと見通しの悪い門を曲がった拍子にヤクザ風の男と肩がぶつかってこう文句を言われることになります「今日は月が出てへんから、暗い夜道は気をつけて帰らんとしらんでぇ~」。そして、あなたは、少し恐怖を感じながら丁重に謝りました・・・

もちろん、コトバの内容は同じようなことでも、その背景にある意図が全く同じと思う人はいないでしょう。つまり、コトバの上に被さって、そのコトバの意図に影響を与える何か別の水準にある「メッセージについてのメッセージとしての」メタ・メッセージが存在している証左となるわけです。

人間はコトバ以外にその行間、あるいは、声の調子やジェスチャー、その文脈などをメタ・メッセージとして解釈することで多水準のコミュニケーションをとっている不思議な生き物だということになるでしょう。もちろん、犬や猿などの動物もある程度のメタ・コミュニケーションは出来るようですが・・・

それで、話を元に戻して、ヤクザ風の男から言われたコトバから感じる恐怖を無効にするには、現在のメタ・メッセージの上位にさらにどのようなメタ・メッセージがあれば良いのか?これを考えると、以下のリンクでも書いていますがおおよそ東大の大学院の入試問題くらいの難易度になるようです。(笑)


もちろん、このあたり理屈は心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を観察する時の非常に強力なメガネになってくるわけです。

それで今日は、ノラのお父さんで人類学者のグレゴリー・ベイトソンの「精神の生態学(Steps to an ecology of Mind)[1]に収録されているエッセー「A theory of Play and Fantasy」の中で定義されていたメタ・コミュニケーション的というところについて少し書いておきましょう。余談ですが、このエッセーは最終的にダブル・バインド仮説の形成というところにつながっていきます。

 これに関して、心理療法家のミルトン・エリクソンのコミュニケーションを観察する時にとても便利なメガネのひとつがFacebook の友達のジュリアンさんの爺ちゃんのバートランド・ラッセル、とアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの型理論(Type Theory)をヒントにベイトソンがつくった論理階型 (Theory of Logical Types)のように思ってきます。それで、このような集合論的なクラスとメンバーを頭の隅に置きながら以下を読んでみます。
 

(1) That human verbal communication can operate and always does operate at many contrasting levels of abstraction. These range in two directions from the seemingly simple denotative level (The cat is on the mat). One range or set of these more abstract levels includes those explicit or implicit messages where the subject of discourse is the language. We will call these metalinguistic (for example, The verbal sound `cat stands for any member of such and such class of objects, or The word, `cat, has no fur and cannot scratch). The other set of levels of abstraction we will call metacommunicative (e.g., My telling you where to find the cat was friendly, or This is play). In these, the subject of discourse is the relationship between the speakers.

人間の、コトバによるコミュニケーションは、いくつもの対照的な抽象レベルで動作しうるものであり、また常に動作していること。「ネコはマットの上だ」という発話には、まず単純に事実を表す、指示的レベルがあるが、そこを起点として、二つの異なる方向に抽象の階梯が積み上がっていっている。一方の抽象段階の変域を「メタ言語的」と呼ぶ。(例― 「『ネコ』なる言語的音声は、これこれの事物集合のすべてのメンバーを表わす」、「『ネコ』なる語は、毛を持たず、引っ掻くこともしない」等。)もう一方の抽象化の変域を「メタ・コミュニケーション的」と呼ぶ。(例ー「あなたにネコの居場所を教えてあげたのは、友好の気持ちからだ」、「これは遊びだ」等。)

 
 メタ言語的:これは普通、分類学で使われるタクソノミー[2]の個人版のようなものと思っていただければ良いでしょう。あるいはITの世界のオブジェクト指向でいう自分でつくったクラスみたいな感じのもの。(笑)。それで、想定されるケースのひとつとして、自分自身の五感で観察した事物に対して、「ネコ」なのか?もっと具体的に「三毛猫」なのか?名称の「タマ」なのか?あるいは非常に抽象的に「動物」といったように観察した物事に対して何らかのラベルを付けて自分で発話してみるというのがこれに該当するでしょう。

 メタ言語的についての、もう一つのケースとしては、誰かが「ネコ」と発話した時に、自分の中でそのコトバのイメージを思い浮かべるケースというのがこれに該当します。自分のイメージの中でこの「ネコ」をどのような抽象度で思い浮かべるのか?が認知言語学では基本レベルカテゴリーという用語で定義されています。


 それで、認知言語学とは直接関係ありませんが、コトバからリアリティを伴ってイメージが想起された状態をトランス(特にダウンタイムのトランス)と定義している場合があります。もちろん実際のトランスについては合わせ鏡の中を覗きこんだ時のようにネストされたイメージの迷宮に迷い込むといった状態だと個人的には思っています。

メタ・コミュニケーション的:それで事実や想起されたイメージの描写としてメタ言語的なことに加えて、その描写自体に必ず何かメタ・メッセージを含むことになってきます。

 例えば、Wikipedia の「カンボジア」の項目に書かれていた「クメール人が90%、ベトナム人が5%、華人が1%、その他4%など36の少数民族と猫ひろしである。」はある意味、(メタ言語的には)間違いではないわけですが(笑)、(メタ・コミュニケーション的には)書き手はそこに「いたずら」とか「悪ふざけ」「冗談」というメタ・メッセージを持って書いたことになるわけでしょう。また、このコトバからメタ言語的に何かのイメージを想起した読み手も、これに加えてメタ・コミュニケーション的に「悪ふざけ」「冗談」・・・という具合に解釈するというわけです。

 それで、非常に単純化して心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を説明すると、エリクソンのクライアントは、他水準のコミュニケーションにおいて、ある意味その状況でのメタ・メッセージを普通に受け取れない状態であったり、無意識に曲解してしまうような思考・行動パターンを身につけていて困っているという感じになると思います。

 それで、エリクソンはクライアントのメッセージとメタ・メッセージの混乱を少しずつひも解きながら他水準これが上手く出来るようになるように支援していくことになります。もちろん、エリクソンは原因分析をすることなしに現在のメタ・メッセージより上位のより抽象度の高いメタ・表現を見つけてもらう支援をするということになってくるわけです。

 で、上の例の場合だと、書き手は大真面目で「猫ひろし」と書いているのに相手からは冗談と解釈されて怒っているような場合にお互いが冗談と理解しあえるような支援をするということですねぇ。(笑)まぁ、非常に単純化すると・・・・

(参考)

(つづく)

文献
[1] http://www.amazon.co.jp/dp/0226039056/
[2] http://ja.wikipedia.org/wiki/分類学

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com

0 件のコメント:

コメントを投稿