2013年3月20日水曜日

非生物のシステム論と生物のシステム論

                                  

 一口に、システム論とかシステム思考とか言うけれど、非生物の場合、生物の場合、あるいはそれが相互作用する場合に分けて適切なシステム論を適用する必要がありますねぇ。

 もちろんこの適用を間違うと、ろくな事にならないように思います。(笑)例えば、人の認識や振舞いについて原因分析をして行動修正を強いる発想だと大抵ろくな結果にならないのですよねぇ。人は機械じゃないのでねぇ。(爆)
 
独り言


 非生物と生物の間にあるもの

 まだ、少し漠然としたアイディアなのですが、これについて少し書いておくことにしようと思います。

 人類学者のグレゴリー・ベイトソンはグノーシス派の哲学のコトバを使って、無生物の世界であるプレローマ、そして、生物の世界であるクレアトゥーラの区別を付けました。[1]

例えばプレローマの世界では、空に向かって石を投げるような場合がこれにあたります。初速や投げ上げる角度がわかれば、無生物の石がどこに飛んでいくのか?は運動方程式で正確に予測できるという具合です。もちろん、多少風の影響などはあるのでしょうけれども結果が単純な因果関係で予測できる世界でもあります。

一方、クレアトゥーラの世界では、ベイトソンがエッセーで述べていたように、多少動物虐待なメタファーなのですが、犬を蹴った時のことがこれにあたります。犬は蹴上げられないように足に噛み付くこともできますし、空の蹴上げられても体をひねったり足を動かしたりすれば運動方程式で予測出来ないということになってきます。[2]つまり、この世界には単純な因果関係は成り立たない「ど根性ガエル」的な世界でもあります。

個人的にはこの話をベイトソンの教え子の米国人の人から聞いた記憶があるのですが、最初に聞いた時は、「So what ?(だからどうした?)」というのが正直な感想だったわけですが、よくよく考えるとこの発想はやはりとても重要ではないか?と実感しているわけです。

 例えば、コンサルタントは仕事の場面で起きているクライアントさんの課題の解決をお手伝いしている格好になっているわけですが、このような場面で、物事の要素の関係性について考えるシステム思考は非常に有効だと思うわけですが、やはりプレローマの世界とクレアトゥーラの世界はざっくり区別をつけておく必要があると思っているわけです。

 例えば、プレローマな世界。イメージとして工場で工作機械が並べられていて、ひたすら物理的な部品を製造している、というような感じがこれにあたります。この場合に何か課題がある場合、その課題は因果関係や非常に強い相関関係に還元して考えることが出来るために、原因を考え、そしてTOCの5フォーカシング・ステップ[3]のように物理的な世界で起きている制約やボトルネックに焦点を当てて課題を解決するのが非常に有効なように思ってきます。ここで想定しているのは一般システム論のようなシステム論[4]

 これがクレアトゥーラの世界。イメージとしては法人個人を対象にした営業。顧客の状況に対して何らかの駆け引きをしながら製品やサービスを売り込んでいくようなことがこれにあたるでしょう。もちろん、顧客は色々な状況や条件によって、買う、買わないという意思決定が行われるわけであり、営業担当者が必ず何かをすれば必ず何かが起こるという因果関係はそこに存在しない活動でもあるわけです。もちろん、物理的な制約は考慮するとしても、論理的には、理想的な解決に焦点を当て受注確率を上げるような方向で活動することになるでしょうし、どちらかというと強みや現在うまく行っていることになるでしょう。ここで想定しているのはオートポイエーシスロンのようなシステム論。

 もちろん、企業全体のシステムのようなことを考えるとプレローマ的なシステムとクレアトゥーラ的なシステムが相互作用するようなシステムになるのだろうなぁと、そうすると、トヨタ生産システムの自働化って結構、重たいコトバだなぁと思っているわけでもあります。

(つづく)

文献
[4] http://ja.wikipedia.org/wiki/一般システム論


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