2013年3月21日木曜日

ドラえもんは生物か?

                               

 こんな事考えて何か意味があるのだろうか?という意味を考え続けるることが大事なんですよねぇ。(笑)元々メタフィジックスってそういうことだから(爆)。
 
独り言


 さて、どうやって説明しようかなぁ?

 
  昨日の記事の続きみたいな感じになりますが、少し前に麻布中の入試問題に以下のような問いがありました。[1]

99年後に誕生する予定のネコ型ロボット「ドラえもん」。
この「ドラえもん」が優れた技術で作られていても、生物として認められることはありません。それはなぜですか。理由を答えなさい。
2013 麻布中学校入試問題 理科)

 個人的には簡単にいうと2つの回答方法を思いつくわけです。

ひとつは、熱力学の定義を使って、「ドラえもんはネゲントロピーを食べて生きていないから」[2]つまり他の生命を取り込んで生きていない(もちろん、どら焼きが大好物なのはご愛嬌としても)という方向から生物ではないという説明を思いつくわけです。

 もうひとつは、生命を記述するシステム論であるオートポイエーシス論の定義を使って(1)自律性、(2)個体性、(3)境界の自己決定性、(4)入力と出力の不在、の4条件を満たさないという方向から説明する、ということになります。[3]

 もちろん、最初の説明はおいらがたまたま熱流体工学専攻だったという視点から思いつくわけで、ネゲントロピーって出てきたのは学士の専門に入ったあたり、だから小学生の時には考えたこともない(笑)。で、オートポイエーシスに至っては多分社会人になってベイトソンとかマトゥラーナとかバレラにはまってから(笑)。だから、演繹的にフレームワークを当てはめるようなちょっとカンニングっぽい考え方をしていることになります。つまり小難しい理屈は一杯収拾したけれどある意味大人になったが故の思考停止に陥っているような状態です。(笑)

 もちろん、『生命とは何か?』というのはベイトソンの著作「精神と自然」やマトゥラーナ、ヴァレラの「オートポイエーシス」で設定されていた問いなので、やっぱり中学あたりから、生命が満たす条件は何か?を帰納的に考えるようなトレーニングはありなのでしょうねぇ。おそらくベイトソンやマトゥラーナ、バレラ等も童心を忘れずに一見意味のないような問いを問い続けていたのでしょうし、存命のマトゥラーナは問い続けているのでしょうし・・・





 
(つづく)

文献


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