2013年3月7日木曜日

「年上の部下」も「女性の部下」も「イマドキの若者の部下」も居ない

                                

 心理療法家のミルトン・エリクソンの暗黙知を形式知化するための理論的な背景などを自分の興味にまかせてツラツラと書いて来たところ既に600記事近くになっているわけです・・・・(笑)

 で、「これが日常生活や仕事に具体的にどのように役に立つの?難しくてよく分からない」と質問されることもあるわけですが、そんなわけで、今日から心をいれかえて日常生活で使うことの出来るもっとシンプルに書かないといけないなぁと思っている今日この頃だったわけです。多分無理だけどねぇ。(笑)

 独り言


年上の部下というカテゴリーはあるけれど、実体として年上の部下がいるわけではない

心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を学ぶと、自分自身が世の中の色々な一般的な常識に囚われているということが分かってきます。

 例えば、最近 Youtube のとあるコーチングなるもののサイトを視聴していたわけですが、こんなことを言っていたわけです。

 こんな部下への対処をお教えます。

「年上の部下、女性の部下、最近の若者の部下」・・・・・・


 さて、ここで言葉の機能を考えてみましょう。

一つは実体に言葉のラベルをペタペタ貼って、何らかの区別を付けるという機能。

もう一つは、外的な世界で起こる、事象や事物などをどのような概念に分類するか?というそのカテゴリー自体をつくるような機能。その他色々。

それで、カテゴリーである「年上の部下、女性の部下、最近の若者」に対処する一般的な考え方を教えてくれるのがこの映像の趣旨だということは理解できるわけです。

 でも実際に会社に言ってみると「年上の部下」というのが存在しているわけではないことに気づいた人はかなり鋭い人です。(笑)

ちょっと屁理屈ですが、認知科学的、もっと正確にいうと認知言語学的には、「年上の部下」という概念としてのカテゴリーが存在しており、誰かの視点から見たそのカテゴリーに所属させられている、実体としての鈴木さんや田中さんや佐藤さん・・・・がそこに含まれて存在しているという具合です。ですから世の中には「年上の部下」といった実体が存在しているわけではないことが理解できます。余談ですが、別の切り口として一般意味論のアルフレッド・コージブスキーの「地図はそれが示す土地そのものではない」といった有名なコトバがあるわけですが、この枠組で説明すると、地図が言葉のラベルより抽象度の高いカテゴリー「年上の部下」で、土地がカテゴリーに含まれる実体「鈴木さん、田中さん、佐藤さん・・・」を示しています。

http://ori-japan.blogspot.jp/2011/09/blog-post.html

 それで、もしあなたが、そのカテゴリーに対して「年上の部下に対してこう振舞わなければならない」というある意味一般化された偏見のようなものを持っているとしたら、それは独断と偏見を含む主観も入ったカテゴリーに対する見方や対処法で、実体としての鈴木さんや田中さんや佐藤さんに対する見方ではないということになります。おそらく世の中の問題の多くはこういった認識の齟齬から起こるのだと思います。

 もちろん、実際に存在している人や事象や事物をカテゴリー化するのは、ある意味高度な頭脳を持った人の特権であると、UCバークレーの認知心理学の先生であるエレノア・ロッシュ先生の論文が教えてくれているところです。[1]物事をカテゴリー化することで、複雑なことを単純化して考えることも可能になるでしょう。もっというと予算が限られたマスマーケティングのような場合は良い意味でのユーザを抽象化したカテゴリーの良し悪しが施策の良し悪しを分けることになってきます。
 

 しかし、ミルトン・エリクソンはどのように考えたか? おそらくエリクソンの教えを認知科学的に翻訳すると、「一般化されたカテゴリーで見るのは一旦保留して、その実体をよく観察してみましょう」例えば「その人にしか無い唯一無二の価値があるとしたらそれは何?」。要は禅で言うところの「指を見るな、月を見よ」というようなことになってきます。
 
 つまり、「年上の部下」といカテゴリーを保留して、鈴木さん、田中さん、佐藤さん、それぞれ、どんな価値を持っているのか?よく観察しましょう。ということになっていると思います。

 ここから分かるのは、私たちはともするとこういった一般化したカテゴリーを実体に当てはめてしまうことがあります。「アメリカ人ってやつは・・・」「ユダヤ人ってやつは・・・」「政治家の連中ときたら・・・」「◯×株式会社の連中ときたら・・・」「女ってやつは・・・」などなど・・・

 もちろん、こういった言葉は結構、独断と偏見に満ちて実体を歪めている場合があるので、そのカテゴリーに含まれる個々の要素にあたる人などに詳細化して一人ひとりを見てみる必要があるということになると思います。

 ですから、ミルトン・エリクソン式だと「年上の部下」への対処ではなく、鈴木さん、田中さん、佐藤さんそれぞれの対処を考えるということになるでしょう・・・・・・もちろん、世の中社内規定はそれぞれの人に平等に当てはめなければいけないといったことがあったりして、一般化と個別詳細化はいつも二項対立になる可能性を秘めており、いかにこの二項対立の枠組から抜け出すのか?を解くのが創造的問題解決の源泉となってくるようにも思ってきます。

(参考)
一般化を解いてみる場合の対処法は?

(つづく)

文献
[1] http://en.wikipedia.org/wiki/Categorization  


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