2013年4月22日月曜日

一般意味論の概念を質問に落として日常生活で使ってみる(その12-4)

                                    

 未来にこうなるという予想は、過去の経験が一般化された枠組に、現状の事実を代入して求めていると思います。つまり、いままでの経験でこんな場合は必ずこうなっていたから今回も必ずこうなる・・・と。でも、未来は必ずしも過去の延長というわけではないのだなぁ、良い意味でも悪い意味でも(笑)。つまり、未来は一般化された過去の延長だけでは語れないということなのですよねぇ。

 独り言


過去の延長からくる一般化を表わすコトバに耳をすませてみる

 今日も、一般意味論を日常生活でどのように活かすのか?「Using General Semantics[1]15のフォーマットだけ借りて説明することにしましょう。

 それで、今日は、一般意味論の索引付け(Indexing)のつづきついて説明しておくことにしましょう。

 未来は過去の延長だけでは語れない

 個人的に一般意味論を気に入っている理由のひとつは、「言っていることが非常にまとも」な点があげられるでしょう。例えば、一般意味論では「未来は誰にも予測できない」あるいは「ある程度予測できてもそれは確率でしか表せない」ということをうたっています。これは、株式投資などで考えるとわかりやすいのですが、「この株を買っておくと将来絶対儲かりますよ!」といった場合、将来その株が上昇することは確率的にしか表わすことが出来ないために「絶対儲かります」というのは言い過ぎだということになってくるわけです。これは現状手に入る事実(一般意味論では土地と表現)から推論を繰り返し、未来にこうなるという予想(一般意味論では地図と表現)であって、一般意味論が言っている「地図はそれが示す土地と同じではない」の原則は、未来の予想(地図)と現在の事実(土地)を過去の経験から構築された枠組(地図)で見ているということになります。

 そう考えると、認識主体の地図として推論された未来のシナリオはあくまでもひとつのシナリオでしかないということになってくるわけです。

 それで、一般意味論が提唱しているのは、現状と未来を結ぶ期待感を少なくするとこの関係性はどうなるか?をうたっていることになります。で実際に質問に落とすと以下のようになってきます。

·        その人がいつもと違う振舞いをするとどの程度確証をもって答えられますか?
·        それについて期待感が高まるにつれて、それに対する反応は変わりますか?
·        それが起こることについて最低限の期待感しか無いとしたら何が起こりますか?
·        それはいつでも当てはまるのか?
·        場所や時間についてそれが当てはまらない例外はないのか? 

 (つづく)

文献
[1]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf


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