2013年6月12日水曜日

ダブル・バインドにはご用心(番外編 その3)

                                  

 ダブル・バインドって最終的には相手から投げられたメッセージを解釈した時点で、自分の中にアイデンティのレベルで葛藤が生まれるのが問題で、最終的には、これを解消するなり、別人格を統合するなりしないといけないのでしょうねぇ。

 このあたりになると、理論はエリク・エリクソンで解消の技法がミルトン・エリクソンになるような結構ややこしい構図になるように思ってきますねぇ。(笑)

 そう言えばベイトソンの論文にも「The Cybernetics of "Self": A Theory of Alcoholism」というのがあったなぁ。

独り言


自己と自己認識

このあたりはまりよくまとまっていないのだけれど、自分のメモ代わりに書いておくことにしましょう。

ダブル・バインド関連のエッセーである「The Double Bind Theory:
Still Crazy-Making After All These Years[1]を読むと以下のような記述があります。


 Batesons team began with an interest in how the identity and functioning of self
regulating systems was maintained through mechanisms of information, control and feedback.

 ベイトソンのチームは、情報、コントロール、制御のメカニズムを通して維持される自己規定システムがどのように認識され、そしてどのように機能するのかについて興味を持ち始めた。


要は、「人間ってなぁに?」というような問いを立てた時に、自己を規定しているシステムを記述する時に、ベイトソンは当時、東海岸で盛り上がりを見せていたサイバネティックを持ち込み、自己を(認識論的に)差異から生まれる情報と、パターンに還元して規定したということになるわけです。まぁ、これはウンベルト・マトゥラーナとかフランシスコ・ヴァレラが構想していたオートポイエーシス論の走りみたいなことをやっていたような構図になっているようにも思うわけです。

そうなると仏教的な認識論にも似た、自己は認識論的に情報とパターンからできているわけであり、情報やパターンを変更すると自己は変わる、というのがざっくりいうとベイトソンの構想になってくるのだと思います。

それで、心理療法家のミルトン・エリクソンの著作にFacilitating New Identity Creation[2]という論文があって Complete Works[3] の中にも掲載されていたと思いますが、ある意味、エリクソンは彼の催眠療法を通して新しい自己認識を構築できると考えていた点が伺えることになるわけで、ベイトソンはこういった新しい自己認識の形成を説明するためにサイバネティクスを持ち込んでモデル、もしくは理論を構築したと思われます。

もちろん、ダブル・バインドの状況の中で自己認識が葛藤や二項対立にあれば、これを解消する方向に向かうことになるわけで、技法的にはそう難しいことはないと思うのですが、背景にある理論とか調べていくと結構ややこしい世界に突入していくことになってくるように思ってきます。(笑)

後で、「Facilitating New Identity Creation」をちょっと再読しておくことにしようと・・・

(つづく)

文献
[3] http://www.amazon.com/Milton-H-Erickson-M-D-Complete/dp/0971619034

記事の内容の正誤について、執筆者は一切保証いたしません。また、本書の内容、エクソサイズなどを実行した結果被った被害などについて著者は一切責任を負わないこととします。本ニュースレターの内容は、以下クリエイティブ・コモンズ・ライセンスに従うものとします。但し、引用元の著作権は引用元に所属します。ご意見、ご感想は次へ tritune'`@''gmail.com



0 件のコメント:

コメントを投稿