2013年7月24日水曜日

禅とパラドクスとミルトン・エリクソン



 グレゴリー・ベイトソンにしても、ポール・ウォツラィックにしろ、ジェイ・ヘイリーにしろ、ある日を境にして、突然の禅とミルトン・エリクソンの共通点について語り始めるようになるのですよねぇ(笑)。

もちろん、今囚われている認識の枠組みを超えて、自己の投影としての世界、世界の投影としての自己の関係性の中に新しい自己を見出すには、パラドクスとかダブル・バインドをかますような禅問答系で行くのか、あるいは、自分の知覚に注意を向け、メタ認知を鍛えるマインドフルネス系で行くのかの選択はあると思いますが・・・・・

 それで、エリクソンのわけの分からない心理療法の技法の中に、禅との共通点を見出すというところがベイトソン、ウォツラィック、ヘイリー等のセンスが常人じゃないところなのだろうなぁ・・・と個人的には思っているわけですが、このあたりはシンプルだけれども底なしに深遠な世界に入ってくるようにも思えてくるわけです。

 独り言


コーチングはプラスをプラス、セラピーはマイナスをゼロって本当?

 よく、コーチングとセラピーの違いが、多少比喩的ですが、以下のように説明されている場合があります。

コーチングはプラスをよりプラスにする技法、セラピーはマイナスをゼロにする技法。

 もちろん、人によって色々な考え方があって特に社会科学的なところはどれが正解でどれが間違いということを判断することが難しいというところがあるため、これはこれで良いのですが・・・・・

 それで、例えば、短期療法をベースした方法論はこれと少し異なるものになるのだと思っています。

以下のリンクでこのあたりの特徴は少し書いたところなのですが、もう少し噛み砕いて書いておきましょう。


 短期療法の場合は、(本当はサイバネティクス的に細々としたところがあるのですが・・・)簡単にいうと既存の枠組みの元で変化することを一次的変化(First-Order Change)、また既存の枠組みを超えて変化することを二次的変化(Second-Order Change)と規定しています。

 つまり、コーチングであってもセラピーであっても単純なプラス、マイナスの問題ではなく、既存の枠組みの元での変化であれば、その変化は限定的であり、既存の枠組みを超えた変化であれば、大きく変化するということになってくるわけです。

 例えば、セラピーでマイナスがリニアな直線を描いてゼロに近づくわけではなく、枠組みを超えた大きな変化が起これば症状は大きく改善されるし、枠組みを超えた変化でなければその改善は限定的だというわけです。もちろん、これはコーチングにも当てはまって、枠組みを超えなければ、過去の延長になってその変化は限定的であり、枠組みを超えれば、過去に囚われない大きな変化が起こるという具合です。

 それで、ベイトソン、ウォツラィック、ヘイリー等の著作を見ると、心理療法家のミルトン・エリクソンの技法が、既存の枠組みを超えて新しい自己認識を得る、禅の手法と対比して語られていることがあるわけですが、このあたりはこの人達がとても常人でないことを示しているようにも思えてくるわけです。まぁ、このあたりをオートポイエーシスに繋ぐと認知科学とも一気通貫になって定式化する時もものすごく都合が良いわけですけれども(笑)。

(参考)

(つづく)

文献
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