2013年7月12日金曜日

一般意味論:「E-プライム」と「反応の遅延」と「マインドフルネス」


 
 今ココの瞬間に知覚を開いて、それをメタに眺めている状態に居ることがマインドフルネス(三昧の境地)というわけです。

もちろん、こんな心身状態になりたければヨガをやるとか坐禅を組むとか仏教のヴィパッサナー瞑想をやるといったことから始まって、バイクに乗って風を感じるとか登山の過程を楽しむとか、一心不乱にテニスで球を追うとか・・・その方法は色々あるように思います。

 それでも、外人に「マインドフルネス!? なんじゃそりゃ!!」って言われた時に、英語で、いやぁ、カクカクシカジカで・・・・と説明する説明原理としての一般意味論はよくできているように思えるわけですねぇ。

 もちろん、一般意味論のエクソサイズを実践してマインドフルネスの状態になる練習をするのも、マインドフルネスの境地を得るための一つの手段と言うことになるわけですが、一番手っ取り早くマインドフルネスの状態に成る練習は誰でもすぐに出来るミルトン・エリクソン博士の奥さんのベティ・エリクソンさんがやっていた自己催眠ですかねぇ(笑)。このエクソサイズは今ココを知覚している自分をメタに見られるようなることをねらいとして、とても良く出来ていますねぇ・・・・・

 独り言


E-プライムで五感に焦点を当ててその感覚をメタ認識して反応の遅延をつくる

一般意味論の「E-prime, delay, and mindfulness.[1]というタイトルのエッセーを読んでいたのですが、これが中々面白いときています。

 マインドフルネスという概念は元々仏教の三昧と同意というようなところがありますが、出来事や状況の中で起こる知覚や気持に対して、メタの視点を取ってあるがままの状態に居ることでもあり、現在は、マインドフルネス認知療法やACTなどでも取り入れられている考え方でもあります。[2]

このエッセーでは、以下のリンクで書いたような一般意味論の概念のひとつであり、is of identity ではない状態、つまりある状態が自分の人格に内在化されないために E-Prime と呼ばれる BE動詞を用いないで行動を表現するような手法を取ることが語られています。


それで、このエッセーでは E-primeの概念を使い、さらに一般意味論の著作である Science and Sanity (科学と正気)の中で語られていた「(意味)反応の遅延」行う形式でマインドフルネスの状態になろうという試みでもあるわけです。

この中にアルフレッド・コージブスキー著「科学と正気」の引用があります。

(以下訳は適当)

In Science & Sanity, Korzybski argued again and again for the value of "delayed reactions." (5) They would prevent unconditional responses triggered by a "short-circuit" at the mid-brain thalamic level. A delay would allow time for the higher-level cortex to come into play, to provide a considered human cortical  response. Taking the time to extensionalize provides this safety-measure of invoking the cortex, getting it into the reactive loop: 

「科学と正気」で、コージブスキーは『遅延された(意味)反応』の価値について何度も何度も議論している。(5)彼らは中脳の視床レベルの『短縮回路』が引き金になった無条件の反応を防止する。遅延は、人の大脳皮質の反応に対する考慮を与えるために上位の大脳皮質が作用しはじめることを可能にする。時間の引き伸ばしを取ることで大脳皮質が作用し始めることに対する安全策を与え、逆行性のループに入らせる。

By training in silence on the un-speakable objective levels and in
differentiation between different orders of abstraction , we automatically
abolish the infantile identifications and evaluations; we introduce a
'delay in action', which is the physiological means for getting our
'emotions' under control and for engaging the fuller co-operation of the
context. (p.466)

 言葉では表わすことの出来ない(一般意味論の構造微分のモデルで示されていた五感だけで経験している)事実のレベル、あるいは抽象過程の違い(事実認識、ラベリング、推論、Etc.)を自覚している意識のレベルでの沈黙を訓練することで、私たちは子どもじみた決めつけや評価を自動的に排除する。私たちは「行動の遅延」を導入する、これは私たちの 情動を制御下に置き、そして当該コンテクストにおける完全な協力にエンゲージメントを行うための生理学的な手段である。


もちろん、これを行うための手段としては色々あるのでしょうが、以下のリンクでミルトン・エリクソン博士の奥さんのベティ・エリクソンさんが教えていた自己催眠について書きました。


あんまり大きな声では言えませんが、この技法は、言葉の力を使って今ココの知覚に焦点を当てなおし、かつそれをメタ認知しながらマインドフルネスの境地を味わう練習が自分で出来るコージブスキーの「科学と正気」とも整合性が取れている技法になるわけです。言わば、エリクソン家秘伝のヴィパッサナー瞑想みたいな感じですねぇ(笑)。
 
 それで、これに関してエリクソニアンな先生方の定義するトランスの定義については以下で書いたところですが、


 「つまり五感の注意はある状況に焦点化されているにもかかわらず、傍観者として気持ちや情動とは切り離された視点がポツンとあるだけ、といった状態」がトランスと定義されている以上、簡単にいうとマインドフルネスな状態を達成しようという試みとも読めてきます。

 そのようなわけで、個人的にはネットにある「エリクソン催眠」と書いてあるサイトでやたら退行催眠が強調されていたり、下手をすると前世退行だのインナーチャイルドだの書いてあるサイトをとっても胡散臭く思う根拠がこれということになるわけです。(笑)そもそも基本が分かってないだろうと・・・

 逆に言うと、コージブスキーの「科学と正気」とエリクソニアン・アプローチを照らし合わせてみることで、エリクソニアン・アプローチがマインドフルネスの練習ということも分かってくることになるわけです。

(つづく)

文献
[2] http://ja.wikipedia.org/wiki/マインドフルネス認知療法



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