2013年10月29日火曜日

コージブスキーとマクルーハンをつなぐもの



  物事Aと物事Bの関係性を考えた時、この間にどんな関係があるのか?を考えるのがシステム思考のひとつの要件だというわけです。

  では、この関係性をどのように記述しようか?と考えた時に、そうだ関係性自体をシステム論を使って記述しちゃいましょう・・・というところがこのエッセーの凄く面白いところでしょうかねぇ?(笑)

 独り言


関係性自体をシステム論的に記述する

ネットに「Korzybski, Luhmann, and McLuhan[1]というエッセーが転がっていて、ひとりで面白がって読んでいたのですが、かなり面白いエッセーです。

ここでは、まず、一般意味論の創始者であるアルフレド・コージブスキーの物事を認識する時の「抽象過程への自覚」というのが取り上げられていて、要は、人が物事を認識する時に五感から入力し、表象がつくられ、言葉のラベリングが行われ、抽象的な概念と物事が理解されていくというようなプロセスが存在しています。

まさ、さらに、マクルーハンは「メディアはメッセージである」の言葉通りに、メディア時代が物事を伝える媒体である前にプロセスであり、そのメディア自体に何らかのメッセージを含んでいると提唱した人でもあるわけです。

それで、この著者の人はこの2人の言っていることの間にどのような関係があるのか?と問いを立て、基本はニクラス・ルーマンの社会システム論を使って、このギャップを説明していくという非常にスリリングな感じになってくるわけです。

もちろん、ここでルーマンの社会システム論がいきなり出てくるわけではなくて、最初にノーバート・ウィーナーのサイバネティクスが出てきて、これから短期療法の理論的背景ともなっているグレゴリー・ベイトソンやポール・ウォツラウィックなどの第二次サイバネティクス系の話が出てきて、ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが出てきてオートポイエーシスの話になってきて、やっとニクラス・ルーマンの社会システム論につながるといった、システム論の経緯を追ったお話になってきます。

そうやって考えると、実はコージブスキーとマクルーハンのギャップを埋めるというのは単なるシステム論の発展の説明をするためのネタじゃないか?とも考えるわけですが、個人的にはこれはこれで面白いので、良いのではないかとも思ったところだったわけです・・・・・。

(つづく)

文献
[1]http://www.media-ecology.org/publications/MEA_proceedings/v11/5.%20Strate.pdf

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