2013年11月26日火曜日

記憶と記録を分けて、比較してみる



 記憶と記録を比較するのも、人類学者のグレゴリー・ベイトソンが言った二重記述の一種で、その違いから何か有益な情報が生まれるのでしょうかねぇ?(笑)。

 ベイズ統計にも何かこんなことが書いてあった記憶がありますねぇ・・・・

ひとり言


記憶に残っているか? 記録に残っているか?の違い

 ギャンブルなどでたまに大勝すると、その印象が強くて、定性的な情報をもとにトータルで随分儲かっている、と思ってしまうものです。しかし、実際に定量的な数字で計算すると負け越して赤字になっている、と言ったことが起こります。もっとも、個人的にはギャンブルはやらないのですが。

これは野球の喩えで「記憶に残る選手か?記録に残る選手か?」で、記憶に残っているのが定性的な情報で、記録に残っているのが定量的な情報ということになるでしょう。

 それで、ここで強調したいことは、自分が経験したことを感覚で定性的にとらえた場合と、数値化して定量的にとらえた場合の両方をノートに書き出してみてそれを比べてみると、同じ経験でもかなり印象が違っている、ということに気付くことです。余談ですが少し屁理屈を書いておくと、定性と定量を分けることは主客分離のような格好になっており、さらにそれらを比較することはメタ認知を促すような格好になっています。

 例えば、何か失敗をしたような場合を考えてみましょう。

 個人的には今年のレビューとして、顧客に何かの提案書を出して受注に失敗した、といったような場合です。 この場合、時間をかけて丁寧に書いた提案書が失注ということになると、気持ち的にはかなり落胆して、定性的には、それが取り返しのつかない失敗のように思えてくるものです。

 そこで、仕事の場合でも、日常生活でも良いのですが、今年は何をしたのか?その結果どうだったのか?を書き出して、定性的な印象と定量的な結果の両方を書き出してみるというのも面白いように思ってくるわけです。 

 それで、ここでは、失敗して悔しい思いをした、というのが定性的な情報で、提案に何時間使い、金額的には◯◯円の損失になったというのが定量的な情報というわけです。

日付
出来事
定性的印象
定量的結果





 
 実際に、「非常に手痛い失敗だった」だと印象の強い出来事も、このような感じで定性的な部分と定量的な部分を書いて比較してみると、定量的には案外たいした失敗ではない、と思えてくるところがあるわけです。

 もちろん、単なるコピペした提案書を出したらうっかり受注できた、などということがあるわけであり、この場合は、もっと印象を強くして喜ぶなり、勝ってカブトの緒を締めよという感じになってくるのでしょうけれども、何れにしても定性的な印象と定量的な事実なり結果を書いて比較してみるのは非常に重要なことのように思ってくるわけです。



それで、年末にかけて、今年やったことを上のような感じで整理してみようと考えているわけです。

 
(つづく)

文献
[1] http://www.instituteofcoaching.org/images/pdfs/Grant-Evidence-for-Coaching.pdf

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