2014年1月18日土曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:癒やしのメタファーのつくり方(その17)



  人類学者のグレゴリー・ベイトソンが心理療法家のミルトン・エリクソンの技法を見て帰納法的につくった枠組みは、おそらく1)変わらないものは何もない 2)固定化された自己なんて存在しない 3)世の中円環的因果で満ちている、というふしがあるわけですが、これって、まるまる仏教じゃん・・・・って思ってしまうわけなのですよねぇ・・・・(笑)

ひとり言


癒やしのメタファーのつくり方(その16)
 
さて、昨日の続きを書いておきましょう。


 個人的には仏教と認知科学の融合を試みたフランシスコ・ヴァレラの「身体化された心」は座右の書となっているわけですが。 




 実際にこういった理論的なことだけではなく、何か役に立つ形式でこれを実践するとどうなるか?と考えた時にお気にい入りなのが、その実装の一形態としてのエリクソニアン・アプローチというわけです。

 それで、エリクソニアン・アプローチの技法でもあり根幹のひとつでもあるユーティライゼーションについてシステム論的な視点からは以下で書いたわけですが、


 そもそも、対象として何をユーティライゼーションすればよいのか?という疑問を持ってエリクソンの次女のベティ・アリス・エリクソン女史の資料を読んでみましょう。[1]

(翻訳は適当)

Productively building on whatever is available.
o The problems, words, world the client gives you
o Whatever fits into their world
o Whatever moves you or the client closer to the goal
o And remembering that:
 Life is fluid and changing
 Words are fluid and meanings change

なんでも利用可能なものの上に建設的に構築する

 問題、課題、コトバ、クライアントがあなたに与える世界観
 彼らの世界観に合うものすべて
 クライアントもしくはセラピストをゴールに導くものすべて
 留意すること
  人生は流動的で現在進行形で変化している
  コトバは流動的で現在進行形でその意味は変化している


 要は抵抗を回避し、障害を乗り越え、ゴールを達成するために活用できるものはなんでも使い倒す、ということになるわけですが、クライアントとセラピスト、出来事と認識などその円環的因果関係の中でのなんらかの創発をねらっているようにも思ってくるわけです。

(参考)


(つづく)

文献
[1] http://www.ericksoncongress.com/IC11/handouts/FH08-AnecdotesAndMetaphors.pdf

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