2014年1月9日木曜日

ミルトン・エリクソンの系譜:癒やしのメタファーのつくり方(その8)



  エリクソンのコトバを聞くと、人の認識や行動の変化を支援する心理セッションにおいて、「意識」、「無意識」が多用されているようなところがあるわけですが、こういうコトバでさえ意識には分からないレベルで機能する不思議な作用をもったメタファーではないのか?と思ってくるわけです。

ひとり言


癒やしのメタファーのつくり方(その8)

       フォントをもとの11ポイントに戻しました。
 
さて、昨日の続きを書いておきましょう。

 以下のリンクで心理学や認知科学的な「意識」、「無意識」をどのように考えるのか?は、エリクソニアンであるアーネスト・ロッシ博士の論文を引用して書いたところです。


 それで、ミルトン・エリクソンは非常に精緻で狙いすましたような曖昧さでこの「Unconscious(無意識)」というコトバを使っています。ある時は(その存在は定かでない)無意識という主体にラベリングされた名詞として、そしてある時は、「Conscious(意識)」と「Unconscious(無意識)」のスプリットを使って、視点を2つに分けるように・・・・そして、ある時は、「意識」と「無意識」のダブル・バインドの言語パターンとして・・・・・もちろん、こういった精緻な方法を理解しないでやたら「潜在意識」を連呼するアホな人が増えるのはある意味滑稽でもあるわけですが、これはこれで面白いのでよしとしたいと思うわけです。


さて、今日は、こういったことを前提として、ベティ・アリス・エリクソン女史の資料を読んでみることにしましょう。[1]

The unconscious:
Is wiser than the conscious
Understands the meanings as well as the words
Has each persons overall welfare as the goal
無意識は:
 意識よりも賢い
 コトバと同時にその意味を理解する
 ひとり一人のゴールとしての全体的な幸福(繁栄)が詰まっている。
 

 野中郁次郎先生のSECIモデルを浮かべるとよくわかるのですが。「知恵の蔵」としての無意識は非常に賢く、何らかのヒラメキやアイディアを生むだけではなく、暗黙知を暗黙知として学ぶことができるわけです。これは、難しいことを書いているようですが、音楽で耳コピーというコトバがあるように、その音楽を流しながら、ギターやピアノでそれをコピーするような学習方法です。この場合、楽譜を書いて形式知化せずにその曲が弾けることを目指します。これと同じようにキャベツが切れるようになったのも、自転車に乗れるようになったのも、文字情報のマニュアルを学習してそうなったのではなく、見よう見まねで学習したということになるでしょう。このように人は無意識に色々なことを学習することができるわけでし、それが身体動作としてできるようになるわけです。

 また、無意識はコトバを聴くとその記号を理解するだけではなく、身体感覚を伴った意味を理解することが出来ます。

 また、意識的に焦点を当てるとそれ以外の部分が欠落してしまうところがありますが、反対に、無意識はこれとは何かいつも全体性を持ったもの(システム)として定義された仮説として取り扱われることになります。
 
(つづく)

文献

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