2014年5月25日日曜日

ビル・エヴァンスに学ぶ、創造のプロセスと独学



 絵の具は、原色を用意して、その混ぜ方さえ分かっていれば、色々な色が創り出せるということなのでしょうねぇ・・・・・・・・



ビル・エヴァンスに学ぶ、創造のプロセスと独学

 「好きな ピアニストは誰?」

まず、最初に名前をあげたくなるのがビル・エヴァンス。[1]

 「それは、なぜ?」

 ピアノトリオのフォーマットを前提にして、それまでは、「ピアノが主役でベースとドラムスは単なる伴奏」しかし、エバンスが始めたやり方は、「ピアノとベースとドラムスは対等」またそれぞれの立場が主役ー脇役がダイナミックに入れ替わりながら、相互作用の中で音楽が創られる『インタープレイ』という手法。

 即興演奏と『インタープレイ』の中で、「メロディ」、「リズム」、「ハーモニー」それぞれが結ばれあい、生きた音楽を創発させるようなス革命的なタイルを確立したから、というような教科書的な解答をしたくなります。その意味では、ビル・エヴァンスの発明したのは、円環的因果関係を重視するサイバネティックなJazz。


 しかし、エヴァンスが最初に出会った不世出の天才ベーシスト、スコット・ラファローが『ワルツ・フォー・ディビー』などを録音した直後の1961年に25歳にして交通事故のため夭折。この事件をきっかけにエバンスはドラッグにのめり込むようになったと言われています。この事件の後、数ヶ月の引きこもりの期間を経て、エバンスは理想のインタプレイを求めてラファローに変わるベーシストを探し続けることになります。

 さて、Youtubeにエヴァンスへのインタビュー「The Creative Process and Self-Teaching(創造のプロセスと独学)」(日本語字幕つき)が公開されていますが、これが中々深いことを言っているように思ってきます。





 エヴァンスは、母親がロシア系ユダヤ人だと言われていますが、普通のユダヤ系(ラヴィの家系を除く)は母子継承なので、この定義でいくとエヴァンスのユダヤ系なのでしょう。そのためか、話している内容もまるで哲学者の語りのようになっています。それにしても自分に影響を与えたユダヤ系の人は多いわけですが、これはまた別の機会に譲りましょう。


 エバンスの髪型や黒縁メガネの出で立ちから、インタビューの時期を推測すると、スコット・ラファロー亡き後の1960年台前半だと思われるわけですが、既にビル・エバンスの歯がボロボロなのを見ると、このころからドラッグの悪癖に染まっていたのでしょう。

 ビル・エバンスはこの後20年ほど活動してドラッグと飲酒が原因とみられる疾患で1980915日に亡くなるまで創造の旅を続けることになります。
 
文献

[1]http://ja.wikipedia.org/wiki/ビル・エヴァンス


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