2014年5月8日木曜日

ベイトソンと無神論と



 キリスト教的価値観って案外色々なところで制限や対立を生み出している感じはしますけれどねぇ・・・・・                       


ベイトソンと無神論と

 Wikipeida Gregory Bateson(グレゴリー・ベイトソン) [1]の項目を読んでいると面白い記述があることに気づきます。

 それは、英国ケンブリッジに生まれ、サンフランシスコの禅センターで生涯を閉じたグレゴリーベイトソンの宗教観に焦点を当てると、「On Bateson's religious views, he was a lifelong atheist. 」(グレゴリー・ベイトソンの宗教観は、生涯にわたって無神論者だった。)という記述です。

 もちろん、キリスト教徒の家系に生まれて、グレゴリー・ベイトソンだけ自分の意思で無神論者であることを選んだというわけではありません。少なくとも四世代前のご先祖様からずーっと無神論者だったというわけです。ですから、遺伝学者でベイトソンを学者として星飛雄馬のように鍛えていた一徹とうちゃんのウィリアム・ベイトソンも当然無神論者ということになるわけです。余談ですが、グレゴリー・ベイトソンのグレゴリーは、有名な遺伝学者グレゴリー・メンデルから命名されています。また、ケンブリッジあたりに生息しているリチャード・ドーキンスなんかも同じ無神論者。

 これを前提としてAFPのニュース「米国人の33%が進化論を信じていない、調査で判明[2]というところを読んでみると中々面白いように思います。

 もちろん、進化論を信じていない人のほとんどは敬虔なキリスト教徒の方だと思うわけですが、これから分かるのは、宗教の教えというのはやはり事実を積み上げていく科学的思考と対立が起る場合がある、ということです。

 もちろん、進化論で言えば、ウィリアム・ベイトソンはラマルク派であって、ダーウィン派を強固に批判していた人物であるといったこれまた面倒な構図がここにあるわけですが・・・・(笑)。

 で、ここで何を言いたいか?というと。グレゴリー・ベイトソンがあれだけ自由に色々なことが考えられたのは彼自身が無神論者でありキリスト教の枠組みから自由であったからなのではないか?でも日本人と同じように自然の摂理の中のパターンに多くのカミを見出してた人物だ、と個人的には思っているわけです。

 そう考えているとお正月には神社に参拝し、お盆には墓参りをし、自然の中にもトイレにも台所にもカミを見出している日本人も悪くはないなと思っているわけです。まぁ、キリスト教徒でないのがダイバーシティでもあるのでしょうから・・・・・

 で、余談ですが、進化論は進化論[3]の中にも諸説あるので案外面倒くさいです。(笑)
 
文献

[3]http://ja.wikipedia.org/wiki/進化論

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