2014年6月20日金曜日

マインドマップと一般意味論(その14)



 「考える」?

 「考える」って何だろう?

 と考えることについて考えてみると、これが案外難しい質問だと分かってきます
 もちろん、優等生的な答えをするのであれば、答えを見つけるとか、概念を理解するために「コトバや記号を操作する」のが「考える」と言うことなのでしょう。

 ただ、「考える」といっても、私たちは人間なので、コンピュータのように、無機質に、「気持ち」も「身体感覚」も介在しない状態で「コトバや記号操作する」ということができないように思うわけです。

 逆に言うと、「考える」ということは、私たちの神経を通して行われるわけでしょうから、「考える」ということをやっていると、「イメージが湧いてきて」、「感覚が現れ」、そして「気持ちが沸き起こる」ということになって、「コトバや記号」に具体的なリアリティを感じるということになってくるわけです。

 それで、この「イメージ」、「感覚」、「気持ち」を「コトバや記号」を通して抽象化していくと、これらの総体として「概念」が出来上がってくるのでしょう。

 で、また、この「概念」が「コトバや記号」を通して「イメージ」、「感覚」、「気持ち」に戻されていく・・・・と砂時計を何度かひっくり返すような感じで・・・・・続いていくわけですねぇ・・・・・
 

 心と体は相互作用するひとつのプロセスである

 アルフレッド・コージブスキーによって創始された一般意味論は、ある意味、デカルトの心身二元論を超える試みでもあります。

 それで、スーザン・コーディッシュ女史の「USING GENERAL SEMANTICS[1]14. HYPHEN を参照してみましょう。

 ここで紹介されているのが、心身二元論に限らず、独立した要素ではなく、統合されたプロセスとして理解したほうが良い時に活用するの “ - “ ハイフンという一般意味論の道具です。



Connect with a hyphen words that suggest separation of what we best understand as unified processes:
ハイフンでつながれたコトバは、統合されたプロセスとして理解することが最良なことの(要素の)区別を示唆している。

What happens when I note my thinking-feeling instead of 'thinking' separated from 'feeling '?
'気持ち'から'思考'を分ける代わりに、自分の思考-気持ちに注意をしたら何が起る?

How about mind-body instead of my 'mind' separate from my 'body' ?
自分の'身体'から''を分ける代わりに、心-身体としたらどう?

Can these ever be separated other than verbally ?
(-身体)はコトバで分ける以外に分けられる?


となります。

 余談ですが、一般意味論ではコトバが神経何らかの影響を及ぼすことを神経ー言語フィードバック(Neuro-Linguisitc Feedback) 、意味が神経に何らかの影響を及ぼすことを神経ー意味フィード(Neuro-Semantic Feedback) と定義しています。

 もちろん、こういった概念がマインドマップにどのように関係してくるのか?ですが、
  • ブランチに「イメージ」「気持ち」「感覚」のコトバをのせてみて、それらがどのように一つのプロセスとしてつながっているのかを意識する
  • 「イメージ」「気持ち」「感覚」のコトバを通して、どのような「概念」や「枠組み」を構築しているかを意識する
 ことで、色々気づきやヒラメキがやってくるということのように思ってきます。

(つづく)
文献

[1]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf


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