2014年6月25日水曜日

マインドマップと一般意味論(その19)



 人は事実ではなく意味に反応している

 かなり単純化してみます、

 事実としてコップに半分の水がある場合を考えてみましょう、
 人は、コップ半分の水という事実に対してその人なりの意味をつくり、それに反応することができます。

 例えば、コップ半分の水を見て「コップ半分の水がなくなってしまうと思うと、不安で不安で仕方ないのです」というような具合に反応するという具合です。

 ここで、面白いのは、事実ではなく、自分でつくった意味に反応していることがわかります。

 で、更に言うと、この反応を変えるには意味を変える必要があることも分かってきます。

 一例として、その不安というのは逆手にとって、反応に対する反応・・・・に焦点を当てることで別の意味をつくり別の反応を引き出すことが可能です。

 例えば、「では、不安で不安で仕方がない、ということは自信を持って言えるのですね?」とか、「確実に不安になる、ということを確信しているのですね?」と尋ねると、別の意味を引き出し、違う意味反応を引き出すことになってくるわけです。
 
 もっとも、コーチングの承認ではないけれど、

 「不安になることを認める」とか
 「不安になることを受け入れる」とか

 反応に対しての反応を引き出すことで、実はその意味は変わっていくことになるわけです。もっとも、最後はその反応と最適な心身状態をもってして現実に向き合う必要があるのでしょうけれども・・・・・


 反応の反応・・・に着目する

  一般意味論の前提に「地図は領土ではない」があります。

 もっとも、これについて書くと、この一つは「コトバはそれが示すモノと同じではない」という意味になりますが、もっと正確にいうと、構造微分[1]と呼ばれる人の知覚・認識を表したモデルのプロセスにおいて、当該プロセスと全段階のプロセスは同じではない、(例、出来事は、第一次表象とは違う、第一次表象はコトバ[第二次表象]とは違う、推論と記憶は違う・・・・)というのが正確なところです。

また、2つめの前提として「地図はすべての領土を表していない」、そして3つめの前提として「地図は地図を参照できる」というところがありました。

 で、ここでの話題は、3つ目の「地図は地図を参照できる」その一例として「コトバはコトバを参照できる」ということについての話題です。

 一般意味論にマルチ・オーディナリティという概念があります。簡単に言うと、出来事に対する反応に対する反応、その反応に対する反応というようにやっていくと、別の反応や良い意味での別の心身状態を引き出すことができるという概念です。



 で、これがマインドマップとどのように関連してくるのか?

 マインドマップを地図と考えると、事実からは少し離れて、妄想でも一旦理想的な地図はどうなるのだろうか?と考えてみて、そこになんらかの確信を持つとか、そのマインドマップを受け入れてみると、どのような変化が起るのか? 

 そこに着目してみるのはありなような感じがしてくるわけです。

(つづく)
文献

[2]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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