2014年6月13日金曜日

マインドマップと一般意味論(その7)



 自分の知覚や思考のプロセスを外在化して一歩引いて眺めてみるのは案外重要だというお話。

 このあたりの話を始めると、認知科学と仏教の接点みたいなところに入っていくのですよねぇ(笑)。で、何れにしても、知覚・認識の抽象化過程をプロセス化して、メタ認知して、評価軸を評価する、変えたい思考や行動をを変えることで、「苦を滅する」みたいなところでもマインドマップは使えるのでしょう・・・・


「抽象化の過程」と「メタ認知」

 マインドマップに何を書くかというと、基本は自分が外的な出来事やモノゴトを知覚・認識する時の抽象化の過程を書く、というのがひとつ。そして、それをメタ認知して変えたい方向に変えていくことを書くというのがひとつ、ということになるのでしょう。

 さて、はじめに、わたしたちが何かの出来事をどのように経験しているか?というそのプロセスについて復習しておきましょう。

 一般意味論ではこれが構造微分という抽象化プロセスで表されていたわけです。[1]


  1. 外的な出来事が起る
  2. その出来事を五感だけで見たり聞いたり感じたりした表象が立ち上がる
  3. 表象されたその出来事に対する気持ち、振る舞い、反応が起る
  4. その出来事、あるいはその要素にコトバのラベリングを行う
  5. コトバを使って推論を行う
  6. ・・・抽象度が上がる形式で推論が繰り返される、この時過去に学習して身につけた判断基準からなんらかの判断が行われる・・・あるいは新しく判断基準がつくられる・・・(Etc.)


 例えば、自分自身が「問題」「苦悩」と考えている出来事だと以下のような感じで知覚、認識され、これが抽象化の過程において悪循環に入るというようなことになるわけです。


  1. 外的な出来事が起る、(この出来事に良い悪いの判断はまだない)
  2. その出来事を五感だけで見たり聞いたり感じたりする
  3. その出来事に対して、嫌な気持ちになったり、怒りでぶるぶる震えたり、顔面が待真っ赤になったりという反応が起る
  4. その出来事に「苦悩」「ムカつく出来事」などとラベリングをする
  5. 「なんでこうなったんだ」「ついてない」など推論が繰り返さる
  6. 「こんな場合いままでの経験から言って、ろくな結果に終わらないのだよねぇ」・・・・など

また、一般意味論では以下の3つの前提が提唱されていました。

 ひとつは、「地図はそれが示す土地そのものではない」ふたつめは、「地図はそれが示す土地すべてを表したものではない」みっつめは、「地図は地図を参照することができる」です。教義の意味では「地図=コトバ」「土地=モノ」という置き換えが行われることになりますが、広義の意味では、抽象化のプロセスにおいて、あるプロセスはその後のプロセスではないと自覚してみるいというような仏教の修行みたいな話になってきます。
 それで、一般意味論の試みはこの抽象化の過程における悪循環を善循環に変えるために、1)あるプロセスはその後のプロセスと同じではない、2)その出来事に対する反応はそれだけではない、3)地図は地図を参照して妄想が際限なく膨らむのでもう一度現実に戻る、あるいは評価軸自体を評価する、というように抽象化の過程をプロセスに戻してメタ認知して自覚する、変えられるところを変える、を説いていたところがあるわけです。

 例えば、外的な出来事は、自分の中につくられたその表象と同じではない。

 自分の中につくられた表象は、それに対する気持ちや振る舞いと同じではない。

 その出来事に対する経験は、それを表したコトバと同じではない。

 その経験を表したコトバは、その経験のカテゴリーと同じではない。

 ・・・・・と自覚する、あるいは、それ以外の可能性について考えてみる。妄想が膨らまないように時に事実に戻る・・・・となってきます。

 それで、スーザン・コーディッシュ女史の「USING GENERAL-SEMANICS[2]の4. MAP-TERRITORY RELATIONSについて読んでみましょう。

 まずは、抽象化の過程を意識させる質問。非同一性というのはそのプロセスと前後のプロセスが同一ではないと言っていることになります。

Assume non-identity of orders of abstraction: 抽象化の順番における非同一性の仮定:

Is the way I evaluate something the way it ' really is '?

それは、私がそれは’現実’であると評価するやり方か?

Are my words the same as my non-verbal experience ?

私のコトバは私の非言語の経験と同じだろうか?

Am I referring to a 'fact' or an inference?

私は、’現実' もしくは推論のどちらを参照しているか?

How can I tell the difference?

どのように区別することができるか?

What happens when I avoid the word 'same'?

同じ’という表現をやめたら何が起るか?

Can I ever know the way something 'really is '?

それが’現実’であると知るやり方を知っていた?

If not, how might I better evaluate?

もし、そうでないなら、それをどのように評価上手に評価する?                                 


 次に、抽象化過程における非全体性、つまり、抽象化されたあるプロセスは、前のプロセスの全てを表しているわけではない。そして、これを自覚する重要ということ。


Assume non-allness of abstraction: 抽象化における非全体性の仮定:                                    


What might I have left out ?


省略、落とされているのは何か?


What else ?


他に(省略されているのは)?


What effect does this have ?


省略されていることが持っている効果は何か?


 つぎに行動や反応から気づく評価軸みたいなところに着目しているみるのが以下です。



Recognize that evaluational reactions refer to the particular person reacting:
特定の人の反応を参照して行う評価反応自体を認識する:

What about me contributes to my reacting in a certain way?

そのように反応する私のやり方に私の何が関わっているか?

What about 'I' get in my 'eyes' as I develop my view of events ?

その出来事に対する自分の視点を開発する時に’わたし'が’目’に入れているのは何か?     

What effects does this have ?

これには何の効果があるか?



 もちろん、これは精神分析ではないので抽象化の過程をメタ認知するというのが重要になってくると思うわけですが、自分が外的出来事をどのようなプロセスで知覚・認識し、それについての情報をどのように抽象化しながら処理しているのか?を意識してみるのも面白いと言えば面白いことなのでしょう。

(参考)


(つづく) 
文献

[2]http://communication.ucsd.edu/_files/Berman%20-%20Advanced%20General%20Semantics%20Workbook%20Part%202.pdf

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